I do not know what I lost.
... ... ... ...
沈黙や溜息のための行き場は必要で、
いつでも遠くの動機に思いを馳せる。
同じところをグルグルと、ちっぽけなループ。
それは外からやってくる。不変の順序。
僕自身は、いつだって空っぽの器。
くやしくて、くうの音も出ないほど、待っている。
だからそれを失ってしまったとき、
あれほど身に刻もうと思った触感さえ、
儚くも忘れていくのだ。
不器用なまでに、その一部を刻んだ肌ごと、
脱ぎ棄てて行くのだ。
なりかけたなりたい自分に、届かない。
それはあまりに遠ざかってしまった。リズム、狂う。
導きのミューズは傍にいない。
ずっと
ズレている。
スレている。
ブレている。
... ... ... ...
それは内からはやってこない。
僕自身の空っぽの器に、
突然変異のようにやってくるのを、ひたすらに、祈る。
At a bookstore, looking for an image
僕は寂しさを紛らわせるために、青山ブックセンターへ向かった。
自分の世界を確かめるべく、イメージを探しにきたのだ。
返事を待つドキドキと美的発見のワクワクが、全身を逆流してざわめき合う。
人は乱されて、無心にもなれる。そう気付かせてくれたやきもき雨降る夜。
One day in a forest, I heard beautiful "Excuse me"
『なにせここは森ですから。すみません。』
そんな調和のとれた理由付けが成り立つ、
都市にはないエレガントなワンダフルワールド。
How to Memorize our Memory
記憶の断片は、トリミングしたバッヂでも即興のスタンプでも、残すことが出来る。
誰かにそれが伝わるのは表現力のみならず、残そうとするその意志の濃度である。
The Greatness of J.-H.Fabre
「苦しいときにもファーブルをはげまし、元気づけたのは、大自然の調和の中で、うまれつきのすばらしいくふうによって生きている昆虫たちの魅力と、家族の愛でした。『昆虫記』は、自分がほんとうにすきなことの価値を信じて、力をつくした人と、わたしたちをとりまく自然の物語です。」

