タイポグラフィを実現するフィロソフィ - 小泉均
『タイポグラフィは実際の直接的なメディア以上であり、フィロソフィのない印刷物はタイポグラフィとは言わない』(…)つまり、実際タイポグラフィを始めるに当たって、漠然と『こういうものなので、こういう感じのタイポグラフィ』というのがたいへん危険なのです。タイポグラフィを志す人は他の分野で興味深いアプローチを重ね、何かをつかみつつある人が、そこをベースにして情報とタイポグラフィの関係に目覚めていくということが仕事に深みを持たせ、たくさんの新しい可能性を生み出すのではないかと考えています。
→ タイポグラフィの美しさとはフィロソフィがあるということ。「こういう感じのタイポグラフィ」のぐさっときたら、興味深いアプローチを絶えず重ねなければ。
Posted by YOSH
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