2004年09月12日
9/10 東京初日 - 六本木ヒルズ

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今日も蒸し暑い。

昨晩未明、家に着いた。
午前中に洗濯をし、クリーニングを取りに行く。

なぜかゴミ箱に水がたまっていた。
部屋も散らかったまま、洗いものも残っている。

出発前の自分の残像が見える。
夏休み、自宅での一ヶ月の、堕落ぶりが見える。

逃げていた。





来週から、新しい職場に赴く。
その前に、MerryとBeGoodの作業が残ってる。

部屋を掃除して、コインランドリーを探して、
一息つけて、皿を洗って、
一息つけて、メールをチェックして、返信して、
それから、それからを時は流れる。

携帯メールでみんなに返信するつもりで、
六本木ヒルズのツタヤ×スタバに来たんだった。
コンテンツに行って源泉徴収表をもらってこなきゃ、
お土産を渡しつつ、ヨガの本も返しに、と。

やるべきタスクがたくさんある。

今、気持ちを整理して、少しずつ片付けてゆく。
でも、買った3wwwくらいは目を通そうかな。
AXISの深澤直人さんの文章も。Design is Dailyも再び始めるんだ。
会社をやめる前の、自分のペースって相当早かったんだな。

ペース。マイペース。ユアペース。ソーシャルなぺース。
そして、スペース。マイスペース。パブリックなスペース。


今、スタバのコーヒーを片手に、屋久島と東京を紡ぐ、微妙な気持ちをつづっている。

旅を終えて、自分に何が加えられただろう。
バックミンスター・フラーのいう富は、どれだけ増えたのだろう。

・魂の濃度
・デフォルメする視線
・そこでしか書けない文章


「気づきを与え、気づきを得る」
住職を前に、すんなりと自分の口から出てきた人生の目標に、少し自信を深める。

人間は100%完全ではない。三省氏のいう、「有機的一要素としての宿命」は、
完全やスピードを求めているわけではない。

それでも、そのノスタルジーに魅力を感じつつも、
今この街、車が飛び交い、人がつくった丘で、本を読んでいる。
手付かずではない文明としての営みを、どのように幸せに生きるか。
「もうひとつの文化」の大合理主義に身を投じた、
LOHASかつクリエイティブな社会のために、今一度始点を確認する。

レンタカーの給油は計3回=約8000円。
それだけの排気ガスを撒き散らして、僕は自然を悦んだのだ。

濃度。



仕事とは、「仕える事」だ。「社会に、人類の善と平和と喜びに仕える」ことだ。
三省さんのこの教えは、深く心に染み入る。
縄文杉を見ずとも、縄文杉を感じるように。


美学の本を読んだ。
ちょうど複製と体験の章だった。
屋久島のガイドブック、realwaveのサイト、Final DropのCD、さまざまな虚像を描いた。
憧れの場所を形容することは、難しいと感じていた。

そして、「そこでしか書けない文章」の存在を知った。
この必然は、僕の好奇心をさらに刺激する。
体験すべきことは、個々にとって、ある。
そして、それが、「呼ばれる」という感覚ではないだろうか。
呼ばれたからには行かねばなるまい。
芸術とは、道とは、そのようなものではないだろうか。

そして、すべては「気づく」ことから始まる。

同じ行程、同じ場所で、同じ時、同じ天気はなく、
感情と経験は、感受される方法によって多様に変わる。
気の持ち様とはそのようなものだ。


白谷と禅が重なったのも強烈だった。

見渡す光景に、何人の人が写っている?
それぞれの今、六本木ヒルズは次のステップのどのタイミング?


友達と仕事観について語り合ったとき、すべてが「仕事」だと言った。
今ここに居ることも、「仕事」だと感じている。
それは、仕えることであり、何に仕えているかに自信と信念を持つことだ。
今なら説明できるはずだ。

さ、今東京で、僕のお金を生み出す仕事に取り組む今、
大切な思い出は、見知らぬ誰かとも共有しよう。


屋久島に行って本当によかった。

スケール、桁違い、歴史、文学的体験、光景、チルアウト、光、久々の太陽、台風、
食事、川、風、事故、読書、そして文章。

このノートに、どれだけの思いがこもっている?
記憶のインデックスに、幾重に挟まれた断片。
やがて、鳥肌と寒気を思い出すのだろう。屋久島への畏敬だ。

あ、道林さんにメールしないとな。
フッキにも報告だね。

感謝、すべての出逢いに。
そして、いつか残された宿題を果たしに。


Posted by YOSH | TrackBack   


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