2004年09月12日
9/4 屋久島三日目 - 芙蓉寺~淀川小屋

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朝4:00起床。裏手にたまった雨水で、かおを洗う。気持ちを切り替え、体を振り子のように揺らしながら、朝の座禅が始まる。朝の二回目には、足のしびれがピークに達し、見事なまでに肩をたたかれる。その後、座禅のままお経を読み上げ、禅堂をさながら一休さんのように拭き掃除をする。小一時間ほどで掃除を了し、母屋に戻ると住職お手製のおかゆと、庭で採れたヘチマの料理が用意されていた。「もぎたてヘチマと島豆腐の精進味噌煮込み」とでも名づけられそうな、とても家庭的で深い味わい。精進料理とは、単に質素な食事ではなく、精進こめて作った料理ならすべて、精進料理なのだ。

その後、こんな山奥でも通じるインターネット。住職にとって、インターネットは、禅に何を求めているか、世の時勢を掴むための大切なツールなのだ。ITの、すばらしい効用だ。お釣りがないということで、また再来することに。そのときは焼酎「三岳」を持ってくる。

昨晩こんなぶしつけであいまいな質問を投げかけた。「住職にとって禅とは何?」住職はためらうこともなく、「座禅をしていたら、そのまま死んでもいいのう」と答えた。禅は、僕にとって我慢だった。それは、まさしく「修行が足りない」修行そのものだ。屋久島にくるや、この禅的体験ができたことに感謝。

山寺を後にし、裸で遊べるという白川界隈を散策、晴れていたらまた来たい場所だ。この辺りのポストは、一軒一軒手作り。バラエティ豊かで、とても味がある。山尾三省さんが拓いたこの地区の趣きは、屋久島の新しさと深さに呼応している。その後、旅中5日も通うこととなる尾の間温泉に入浴。住民の手による、素朴ですごしやすい温泉。



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風が強い朝、住職にも今日の天気だと山は厳しいぞと突っ込まれるも、麓は気候がよいので、車で行ける登山口まで下見を志す。遠くに望む奥岳は、どうみても霧で霞んでいる。安房からヤクスギランドまで、最初は気持ちよい広々とした道だが、霧で見通しが悪くなる標高1000mを超えた山道はすれ違うのもやっとなくらいに細まる。ふと、広場に出て右手を見ると、不思議な柱の影が目に入ってくる。これが、樹齢3000年といわれる紀元杉だ。散策路に下り、初めて見たヤクスギの姿に、言葉を失い、腰を抜かす。でかい、何だ?これは。木?圧倒的な存在感にため息が出て、そのまま放心していた。

幹をなでる。別れづらくも、別れを告げ、淀川登山口へ。

山のコンディションは、以前の白神と比べれば、そんな悪くない。屋久島初の登山、憧れの山小屋で飲むための缶コーヒーやパンをバックパックに詰め、気合を入れていざ!40分ほどの軽い行程で世界遺産登録地域に入る。そこからさらに5分ほどで、淀川小屋に到着。荷物を持ったまま、霧がかり、風に雫が舞う淀川のせせらぎを見に行く。もはや悪天候でこれ以上上るのは住職の言い伝えどおり辞めて、川辺の岩の上で横たわってチルアウト。そのまま読みかけの『美学への招待』を読むことに。ちょうど「複製の感性的体験」という章にさしかかり、なるほど友達が「魂の・命の・最も美しい流れ」と形容したやさしい緑色に染まった流れの光景に、憧れの観念と直接体験がシンクロして悦にはいる。

屋久島は何もかも桁が違う。ヤクスギの巨木や一枚の巨岩は、歴史がそのまま大きな形となる。一方、ヤクシマと名のつく植物や、ヤクザル、ヤクシカは、厳しい自然を生き抜くために小ぶりになっていった。大にも小にも、歴史がデフォルメされた世界が広がっている。

暗くなり、小屋の中二階でパンとコーヒーを軽く食べ、早めに就寝。

Posted by YOSH | TrackBack   


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