
朝5時起床、こっそりと帰り仕度。外に出ると、久々に仰ぐ青空が気持ちよい。白谷までのドライブ中に今日の一日の太陽が登ってきた。本当に、すがすがしい朝だ。道路の拡張工事の細い道を抜け、車もまばらな駐車場に到着。

著名な飛流おとしをわき目に、そそくさとわき目も振らず登ってゆく。足取りも重く、心も落ち着かない。白谷小屋を超え、苔むす森に入るも、こだまを感じる余裕もない。白谷はとても奥深い。禅の修行のように、歩きながら心と体が分離しているのがわかる。煩悩がめぐり、審美観もぶれてくる。帰りを待つ、追われるタスク。それを思い出させる優れたバランス感覚なのか。集中せず、深い記憶もないまま、暗に目標としていた太鼓岳に出る。

今、白谷雲水峡を登り、もののけの森を抜け、一枚岩の開けた太鼓岩の上で坐している。はるか臨む奥岳の重なるレイヤー、緑のグラデーションが美しい。かすかに轟く、安房川の清流。後聞こえるのは、鳥の鳴き声。強い静寂が漂う山の頂に、30分ほど一人で座る。途中さまざまな面々が急な坂を上り、岩に登り、思い思いの感動の声をあげてゆく。この景色の感動をこの空間で共有していた。欠けた心は、いつのまにか満ちていた。田口ランディ氏の書を読み、デフォルトされた世界の捕らえ方というくだりに、反応していた。この自然は漠然と捉えるだけではもったいないと、すっきりとした気持ちが、体の中に流れる。明日の夜には東京に居る。夢のような、毎日が濃い時間。山尾三省氏の「魂の濃さ」をどこでも見出せるはずだ。佐藤さんからかけていただいた言葉、「人生は、山あり谷あり、濃いほうが楽しいですから。」この屋久で迎え超えた山を、谷を、文学的な縮図に捉えながら、気持ちの張りを切る。

白谷から車で帰る。白谷行き始発のバスが、台風明けの晴天を祝う登山者をたくさん運んでくる。太鼓岩も今頃さぞかしにぎやかだろう。いろいろな声が聞こえてくる気がする。帰り、疲れながらも必死に川をまたぐ外人と日本人のカップル、川をまたがず岩でまったり座っている女性など、それぞれにとっての山道。
下におり、かぼちゃ屋でハーブの利いたカレーを食す。復刊した『聖老人』を購入する。安房で明日のフェリーとレンタカーの乗り捨ての確認。春田浜によるとこちらに住んで2年と言う、素敵で自然体なカップルに、夕陽の美しい場所を教えてもらう。尾の間のパンや・ペイタで明日の朝食を買い、4度目の尾の間温泉で汗を流す。岩崎ホテルに忍び込んだり、寄り道しながら、平内海中温泉から2分の宿にチェックイン。小潮の今なら一晩中は入れるというが、、潮はやや高い。
と思ったのも束の間、集中が切れたか路肩にタイヤをぶつけてしまう。幸いにもタイヤのパンクだけですんだが、携帯も切れ反省しながら立ち往生。他のレンタカーの方に連絡を取ってもらい、駆けつけてくれたレンタカーのお兄さんの優しい笑みに救われる。猛省。ガソリンスタンドで、手際よくタイヤを替えてもらう。猛省。教えてもらった矢筈の峠は、サルとシカの危機を伝える声を浴びせられ落ち着かず、いなか浜へ赴く。

沈む、否、消える太陽を見る。かすかに炎が西の空に燃える。水平線から1cmほど上のところで、タイムラインに刻まれたように、アルファは消えてゆく。青とまじり合う赤。瞳で追う赤の残像。赤はグレーの空に溶けた。一瞬ではない営み。そして今日という一日の夜が訪れる。
足にどこからかハエがまとわりついてくすぐったい。今、なぜいなか浜にいるのか。昨日買った田口ランディさんの書の3章、樹の章は太鼓岩の上で高揚しながら、水の章はかぼちゃやでおなかを満たしながら、森の章は今、ここの浜で顧みながら。文学的体験は、確実に刻まれた。
そんな一日が終わった。今日も濃い一日が。場所は屋久島、ただ、それだけのこと。でも、ここだからこそ、いい感触が心に在る。
今18:30。太陽を示していた紅い円はすでに空になく、周りには思い思いに夜をすごす人たち。夕陽を背に、写真を撮って満足して帰路につく人々、「わたしも産卵したい!」と大声で浜に駆け下りる女性、「2004.9.8 屋久島」と砂に書き記した女性。
それぞれの9/8がこうしてすぎてゆく。今日という日は、今日である。これはこれで、それはそれで、僕は僕で、この夜を味わう。

最後の食事は、麦生の創作イタリアンose。豚肉と野菜のソテーのデキグラスソース、イタリア風チャーハン、どちらも笑みがこぼれる。これは、美味しい!チャキチャキとフォークが進む。居心地のよさを与えてくれた素敵なサービスのおかげで、屋久島最後の晩餐は幸せイッパイ。平内までの帰り道に、暗がるよるにひときわ煌々と輝く麦生市民球場(仮称)を発見。そのスポーツは、なんと大の大人によるソフトボール。聞いてみると、町内対抗のリーグ戦が開幕したばかりで、暗い島を照らすまばゆい照明の下に、野次を飛ばす子供から老人まで、島の生活の意外な一面を見る。子供たちの投球モーションも、振りかぶらずに下投げ。試合は見ていて気持ちいい、乱打線。後ろの公民館では、なにやら舞踏の練習。
楽しみの平内は、小潮と言いつつやはり満ちていた。海水でうめられた温泉は、風邪を引きそうだったので長居はせず、満天の星を見上げながら、宿に戻り就寝。
Posted by YOSH | TrackBack