Tokyo Designers Blockの1968年とバックミンスターフラーに関するシンポのときに、ふと頭に浮かんでメモってた言葉。「学問のアップデート」で検索すると、一件ヒットし、割かし歴史の長い「リカレント教育」というキーワードと同義のようだ。
バックミンスターフラーの逸話をいろいろ聞きながら、ワールドゲームを考えたのも彼だし、人類で始めて画家の対象物として地球を描いた人らしい。アインシュタイン論も書いているみたい。気になる。すでになくなった人だけど、その教えを受けつぐ人たちがいて、影は感じられる。そんな歴史的な人と同時代にいること。それが最近の僕の、幸せに感じる部分である。
そこで感じるのは、「現代の現象」って体系化されてないということ。体系化には議論の時間が必要。体系化されない「現代の現象」は、プレスリリースされた瞬間の衝撃とともに、直感的な判断しか下せないし、その脳の働きからこそ、インスピレーションは生まれるだろう。そうやって、教養とは違う性質の刺激が、インパクトを与える。ひとたび、成り立ってしまうと、現象の社会的性質が変わる。それは、多様な価値観のいわば、妥協点であり、エッセンス。「最新の学問」として、誕生することは、次世代の教養として意義深い。
で、今って情報があふれて、「現代の現象」に触れる機会ってものすごく多い。でも待てよ、「最新の学問」には、中々味わう機会がないじゃん、と。例えば、ソビエト崩壊以降の歴史観は、今小学校でどうおしえてるのだろう。同時多発テロは?ブッシュは?
もちろん、大人のほうがより、分解してゆけるし、現場の情報が入ってくるし、本も読めるし、自分なりの解釈を導き出せるだろう。でも、学問としての基本的な知識は、留まったままだ。だからこそ本(教科書)を読むニーズがこれだけあり、興味深くて、もっと学問したいニーズは大きいのではないか。(ここで言ってる学問は、大学以上のレベルだけど)朝日カルチャーセンターなんかは、まさにそういうニーズに対応している。
結局、実践(行動から入る知識)と学問(教養として捉える知識)は違うのだ。常に実践的に働いてる私たちにとって、その教養となる「最新の学問」に触れるプログラムが、「学問のアップデート」としてもっと身近にあってもいいのではないだろうか。
Posted by YOSH | TrackBack