
本日、25歳になりました。
一年に一度の誕生日は、普通に目がさめて、いつもと違うのは携帯に届く心温まるメールからの安らぎ。むくりとDADASのDVDをつくって、その間にオリジン弁当でカツ丼を買って、ごきげんようと昼のドラマを見るマルチチュードとしての昼下がり。午後から来年の自分空間の場づくり、新しい住まいを探しに池尻へ、いよいよコミュニティの実践的ケーススタディとしてのルームシェアな気分で意識が動き出す。新しい生活を想像するためのオリエンテーション、洗練された賑わいのマルショーで明日のイブ鍋のためにきりたんぽを購入。ふるさと秋田に思いをつなげながら。
その後、風邪気味なので、会社に行く時間を遅らせてみる。モスでみんなにお礼のメールを書きながら、『火の鳥』と『現代思想のパフォーマンス』を併読。ソシュールから始まり、「ロラン・バルトは『複雑系としての文学』を提唱した」という箇所がトリガーとなり、メモ帳機能のアフォーダンスを考えて鞄の一番取り出しやすいところに入れてあったMOLESKINEのメモ帳を、初めてドラえもんの秘密道具のごとく揚々と、高々と取り出し、人生で最初の兼松曼荼羅、高山宏さんの言葉を借りれば、「異質観念の暴力的野合」が始まる。
「萃点」はどうしてもグラフィティ、その周辺に「非合法性」「象徴性」「移動性」「創造性」のキーワード、言い換えれば、「管理社会にけんかを売って」、「それでも崇高なコンセプトがあって」、「でも立場はストリートに近くて」、「アウトプットはとても創造的」という、なんだ、気付けばgaffling tokyoの内輪な記念碑的「ザ」・最初のエントリーじゃないか。ビギナーズ・ワックとは、「初心者で下手な仕事で許してね」な気持ちであり、サイード的なアマチュア感覚を感じていたんだろうか。
その中心から、最近読んだレヴィ=ストロースからバックミンスター・フラーまで、啓蒙する名言がめぐってやまない。「センス」「コンテクスト」「大衆」「自分らしさ」「移動と変化」、散在する点が、か細い線で疑心暗鬼に結ばれ、あるひとつの確信を元に、太い線分でつむがれる。thougth-provokedな知的興奮@モスバーガー。その瞬間、iPodで遮断的自分空間をつくる必要もなく、そこには「書き込む人」としての我武者羅な自分がいて、あらわれたシナプスの視覚的マッピングから得られたひとつのテーゼ、「影響力とは何か」は、何よりのバースデイプレゼントかもしれない。
影響力とは何か
「自然に伝わる移動性メディアと恣意的場づくりの可能性、実践のマネジメントとアウトプットの方法論、価値を感じさせるイイものを見いだす美学と判断根拠、社会構造としてのネットワーク型社会と地球環境意識という現代性、などの観点から影響力とは何かを分析し、社会的集合空間における大衆のモチベーションの源泉となりうるのかどうかを検証してみる?」
今は、仕事のために一人で東中野でハッピーバースデイ。こんな独りよがりなエントリーも、今日だけはお許しください。ある意味、未来の自分に向けたモノローグを、ここまで読んでいただけた方に心より感謝します&お疲れ様でした、笑
「アクションがあれば必ずリアクションがある。繋がっているというのは、きっとそういうことだ。(…)何もしなければ、何もおこらないのだ。」の言葉に勇気付けられた1年前から、果たして自分はどう成長したのだろうか。ひとついえるのは、マイクル・クライトン曰く「多すぎる変化は少なすぎる変化と同じくらい有害である」ということが警鐘として、身に染みこんで理解できたことだろう。激動2004が終わり、万博の2005年には何かしら最初の結実がうまれるように、ゆったりと激しく、動いていこうと思います。
来年も、よろしくお願いいたします。





