2005年01月18日
2005/01/11,12 香港4.5日目 - 中環 ~ 灣仔 ~ 尖沙咀

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10:30起床。連日の中華料理で、お腹が膨満感でたっぷり。日本から携えた一仕事を無事終えた岡崎と合流し、昨日しつこく徘徊した中環(セントラル)のエルギン・ストリートへ。馬場正尊さんのサイトで気になった、いい感じなはずのブックショップ兼カフェ「Architude」はすでにCLOSEDのようですから。残念。露店で賑わうお昼どきのエルギンストリートの下り坂は、バーが集まる夜の顔と様変わった庶民の街。




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この辺りはSOHO(SOuth of HOllywood Road)と呼ばれ、西欧人が集う洗練された地区として知られている。街並みも油麻地界隈とは違って、目にうるさくない。Architudeを諦めた一行は、スペイン料理レストランBOCAで久々に中華以外でご満悦。




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その後自由行動、まずはアニエス・ベーギャラリーへ。アニエスも新旧ごった返すエルギン・ストリートに一目惚れし、ここにギャラリーを作ったようだ。今日はエキシビジョンが無かったので、スタッフのウィニーとしばし話す。牛棚、IdN、そしてアニエス・ベーと、香港の人たちが親身になって拙い英語に付き合ってくれる。それも僕の気がすむまでの結構な時間。それは、日本から来た旅人だから?デザイナだから?アートが好きだから?とにかく自分の関わるプロジェクトの延長線上に旅を位置づけることで、旅の経験がもっと濃く、心に残ることを改めて実感する。旅は日常を忘れる装置だけではないのだ。余っていたTABのフライヤーを渡す、これにてホントに完配。




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働く男の背中。エスカレータ、大通り、地下鉄、香港はいたるところが工事中だ。灣仔に戻り、大行列のサラのセッション参加。「オッケー?」が口癖の香港人モデレータの、早急な決め付けともとれる質問を柔らかく丁寧に捌く様子に好感必至。セッション後、「ボン・ジュール、ジュ・ヴ・ルメルシー」と声をかけ、「Vive la liberte! ヴィヴ・ラ・リベルテ!」(自由万歳!の意)というメッセージとシグニチャーをもらう。Exactement!イグザクトゥモン!(その通り!)




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その後カリスマ・スピーカーたちが台上に一斉に集まり、いよいよ最後のセッション「ラウンドテーブル」へ。What's good ? を巡る果てない哲学の自由は、香港にどんな「気づき」を与えただろう。個人的にこのカンファレンスをまとめるなら、香港のためのクリエイティブ・リテラシー講座だった。それはGood と同時に、What's bad ?つまり、「何をしてはいけないか」をも考えさせること。香港のラディカルな歴史に端をなす中華的未来への只ならぬ不安、「フー・アム・アイ?」というアイデンティティへの素直な渇望は、少なからずストリートに焦りを生んでいる気がする。アウトプットとしての結果を急ぐのではなく、マルジェラのパトリックの言葉を借りると、「なぜそれがそこにあるのか。」というコンテキストや、その表現にいたるプロセスをクリエイティブにすること。リスペクトすべきスピーカーたちのアドバイスは、そこに集約していたのではないか。




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カンファレンスが無事終了し、再び庶民の街へ帰ってきた。旧正月で新年を迎える香港では、街が赤と黄の中国カラー一色。黄金に輝くお年玉袋、福の字が描かれたいかにもおめでたそうなティッシュなど、あれこれおみやげを購入。生活観あふれるティッシュを持ったまま、晩餐は高級上海料理。気さくな店員がとっかえひっかえテーブルについてくれる。上海ガニもみそまで劇ウマ、豚の角煮は人生で最も素晴らしい美味!得も言わせぬ至福の思いで、酒が回る。




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気分よくフェリーで夜景を後にする。最後のチョンキンマンションの喧騒とした夜も話題は尽きず、眠気を追いやる知的興奮のまま2:30就寝。5:30起床、タクシーをぶっ飛ばして空港へ。空港で朝マックをし、雲のフラクタルを眺めながら3時間半であっという間に成田。NEXで帰宅し、19:00からたまたま観たTBS系「絶景の楽園」に釘付け。コスタリカ、山頂からは太平洋と大西洋が見渡せる。チベット、5000mにある天の湖の凍てついた波。マッターホルン、アルピニスト憧れの山頂には十字架がたっている。大学のときに行ったコートダジュールの鷲巣村エズ、紺碧の絶景は変わらず美しかった。まだまだ、憧れの場所への旅は終わりそうにない。

「good」とは、ピーター・サヴィル曰く「relative」という一言で締めくくれるだろう。相対的ということは、各々の位置を把握することだ。それこそ、立脚するアイデンティティの問題だ。返還を巡る香港の歴史的葛藤は、本を読んだり話を聞いただけでは全く想像が及ばないのだろうけど、街全体の初々しい焦燥感に少し踏み込んだ感触がある。日本に帰ってこんな話をしたとき、ある方は「97年で香港は終わった」と一国二制度の矛盾を嘆いた。本土から公安当局の私服警官が流れ込んでいる。近いうちに成長著しい深センに組み込まれ、しがない一地区に成り果てるかもしれない。世界でも有数の美味しい料理を出すシェフは、すでにバンクーバーに移住した。

それでも香港という街の運命は、残された大衆が切り開いていく。このカオスは、新しい香港の幕開けなのだ。アイデンティティとは何か。国家とは何か。香港での着想は、今年のプロジェクトに生き生きと活かされるに違いない。

Posted by YOSH | TrackBack   


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