
或いは都市のテクスチュア。香港に行ってふとよぎり、ニューヨークで確信した言葉。
textureと聞くとデザインにおいては「質感」という言葉が浮かぶが、元来「織物」の意味であり、転じて「きめ」「組織」なども意味する。そしてtext-ureとある通り、時事や思想、芸術を織りなすテクストから派生した言葉だ。テクスチャーとして都市に織り込まれるもの、それが「都市のテクスチャー」であり、ジャン=ボードリヤールがジャン=ヌーヴェルとの対話の中でキーワードとして提出した「都市のテクスト性」という言葉に出会ったのも、あながち偶然ではないのかもしれない。
例えば左が香港で撮影したもの、右がニューヨークのもの。これは、平面的な(そして、意図的には記号を伴わない)都市の何気ないトリミングが、その都市のエッセンスをユニークに表象しうるかという命題への実践的挑戦だ。多層に重なった、普段は決してフォトジェニックではない街の風景と目線を並行に交わらせることで、その都市の歴史やら何やらがトレースされてくるのかどうか。同様に「都市のタイポグラフィ」ともいうべき切り口もあるだろう。(その場合は逆に、文字情報としての記号も意味として付加されて、「都市のコンテクスチャー」というところまで及んでくるだろうけど。)
既にこのように「素材」や「素材感」など表層的な意味や、「都市空間のなかの身体」や「感情」、「顔」など人的あるいは擬人的な意味で使用されているようだが、近からず遠からずここでは「ある都市をユニークに表象する最小単位としての可能性」について言及しておこうと思う。だから何なんだっていうのは、まったくもってこれからなのだけど、笑。(例えば、中目黒のテクスチュアとか谷中のテクスチュアとかそういう感じ)
Posted by YOSH | TrackBack