
6:00起床、空港までタクシーで。12:00にニューアークに到着。NJトランジットでペン駅へ、EXITから望む初めてのマンハッタン、その第一印象は喧騒そのもの。東京に勝るとも劣らない、雑多なレイヤード。宿泊先のアパートメントホテルのある、36stの西側9aveと10aveの間まで、そんなアーバンスケープをスーツケースでごろごろと。12aveがハドソン川沿いなのでここまでくると喧騒から離れる。ガイドブックによると夜は10aveより西は治安が悪いらしいが、昼間はそんなでもない。アパートメントホテルは、黄色とオレンジのポップな壁紙で、炊飯ジャーや食器も一揃い、生活感漂うマンハッタン・アーバンライフ。今日は取材のアポイントもなく、夜から大学時代の友人と遊ぶ約束だけなので、それまでタイムズスクウェア、グラウンドゼロ、バッテリーパークを目指すことに。荷物を置き、軽やかに街へ出ると、錯乱のウェスティンホテルが目に入る。秩序あるグリッドに、錯綜するポストモダニズムの断片。

ニューヨークのひとつの象徴であり、マンハッタンを照らす光源であるタイムズ・スクウェア。四方取り囲む規格外の大型ビジョンからは絶え間なく膨大な情報が流れ、バーチャル・リアリティの中で時を止められた錯覚に陥る。ブロードウェイと42stが交わったその瞬間から、オートマティックに多様なニューヨーカーの有機的断面を表象し、故にジェントリフィケーション(高所得層による都心再定住=低所得層への抑圧)の壮絶な舞台をも体現したその一角には、刹那にニューヨークと同化する観光客のためのエンターテイメントが成立していて、まるで東京ディスニーランドにいるような、「これってリアルな街じゃないよな」的ギャップを感じてなんとも居心地が悪い。文字通り様々な歴史を重ねたタイムズ・スクウェアにおける、公共空間としての機能の歴史的変遷は、ニューヨークから帰ってきて発売された現代思想2005年5月号「公共性を問う」に詳しい。

いよいよグラウンドゼロに向かうため、「Subway」へ。Style Warsから早、という年月とともに、落書きのないキレイな表面。それでも暗い感じがするのは、この都市をつなぐ地下空間が写真も迂闊に撮ってはいけない程の目にみえない規律に保たれているからなのだろうか。(それは後で知ったことなのだけど。)社内には「SCRATCHITI(スクラッチティ)」と呼ばれるガラスをこするグラフィティが。時間がかかるリスクがありながら、クリエイティビティの発揮しにくいその無理のある手法は、逆に荒々しい粗野な対抗の痕跡として胸に刻まれる。

そして、たどり着いたグラウンド・ゼロ。911以来の戦場の最前線さながら!?と思い描こうとした魂胆とは裏腹に、あの日、テレビで呆然と釘付けになった「出来事の記憶」はどこかに追いやられて、目の前に広がる工事現場としての無の空間に、震えや感慨が一切無い事実に打ちのめされる。作られた十字架のモニュメントで記念写真を撮る人々、あの日あの時この場所であの出来事にでくわしていないのなら、僕らはいつまでも傍観者としていることしかできないのだろうか。この先ここにできる何か新しいものは、この事実を更なる上乗りで越えようとしているけど、むしろこの「無」の経験を育むことが、感情のリ・セットとしてのパラダイムシフトに貢献するように思える。(結果的にこのまま何年も放置される可能性もあるみたい。それはそれで来るべき文化的空洞化の宿命なのかも。)
もはや最前線は、ここではないのだ。

その後自由の女神を望むバッテリー・パークへ。あくせくとした観光シーズン、野良リスが蔓延る公園のベンチ、歩き疲れてチルアウト。イタリア人のアメリゴ・ベスプッチに由来するアメリカという国の名前、オランダ人がデザインしたニューアムステルダムから始まるニューヨークの歴史、アメリカ建国100周年にフランスから贈られた「自由」の女神、何て思いが交錯する。今のUnited States としての国家のアイデンティティが "Diversity" であるという抱えるパラドックスはいかにも根深そうだ。

時間もあるので Lower East Side まで宛てのないハングアウト。所々で切り出す「都市のテクスチャー」、ニューヨークにおけるそれが、僕にとってはどうしてもグラフィティだった。市庁舎の荘厳な建築を過ぎると、漢字が英語に勝るチャイナタウン、そしてリトル・イタリーへと街のタイポグラフィがブロックごとに様変わるのだが、その劇的なアーバンスケープの変貌にグラフィティはしっくりと溶け込んでいた。「マルチチュードの表現」としてのグラフィティが関わるものが言語ならば、確かに英語より深い「もう一つの文化」を生き生きと物語る、声なき声なのだった。

Lower East Side は馴染みの supreme や、エログロカルチャ誌 Vice のショップがあり、WK INTERACTの作品にストリートを歩けばあたる、重要なカルチャースポット。それでも対ジェントリフィケーション闘争はここでも起こっていて、ストリート系ギャラリー reed space がかろうじて残る Orchard stでも、シーンを牽引した alife や SEVEN は立ち退き、もの寂しさの残る街並みになっていた。右の写真はni9eの「グラフィティ・アナリシス」で登場したhellのボミング。あちらこちらに。

タクシーでアパートメントホテルに戻り、夜から友人と再会!ボーイフレンドのユダヤ人アビーの車で夜のマンハッタンを縦横無尽。カーペットクリーナーの仕事道具が占領する後部座席の切迫感がリアル。掃除機越しに4年振りの積もる話は尽きない。ハンバーガーをトライベッカで食べた後、栗田君とバイバイしてクィーンズのおうちへ。美しいクィーンズ・ブリッジからの光景を過ぎたどり着いた開放的な2LDKは、映画で観るようなグッド・アトモスフィア。朝までお互いの近況、仕事観、価値観、場所は違えどシンクロするGENERATION Y。
こうしてニューヨークにすんなりとオリエンテーション。
明日からいよいよ取材がスタート、ドキドキ。