2005年12月05日
人間の欲望は、他者の欲望である - ラカン
言語という他者と人間主体との間の最も中心的な関係は、人間が自己自身を示す言葉(シニフィアン)を持っていないということの中にある。この欠如に直面して、人間は自分自身を、言語という他者にとっての欲望の対象として経験することになった。この経験が人間にとって真に現実的と言えるものである。(…)人間が言語を通じて世界を経験し、その経験が言語の空中楼閣でなく現実であるための基盤は、認識ではなく欲望、それも他者の欲望である。
ラカンの精神分析』新宮一成、p133、講談社現代新書
→自分が他者に語られているときに自分の居場所が生まれ、他者を見ながら自己を相対化することで、社会的な私ができあがっていく。「話す存在としての人間の辛さ」を認識してはじめて、「他者の欲望」が新鮮な気づきとなってふつふつと浮かび上がるのだろう。 Posted by YOSH | TrackBack   


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