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2008 年 11 月 16 日
LANDMARK [憧れの場所]
リハビリテーション&リインハビテーション:一ヶ月のビジネストリップ in アメリカ

 
「離婚届けを出したよ」という報告をしっかりと電話で聞いてから、僕はニューヨーク行きのゲートへ向かった。


2007年、僕は仕事を半年休んでいた。脳のシナプスは、ループを閉じて完全に空回り。僕を僕たらしめていた好奇心の一切が、失われてしまったのだ。ループが開放に転じた今なら、客観的に振り返ることが出来る。でもその時は、果てない暗闇のまっただ中だった。

遡ると2006年は、フリーになって結婚もして、greenz.jpを立ち上げたり大きな仕事もいくつかやらせてもらった。そして拡大の一途を辿った、おこがましいほどの幻影バブル。「原点回帰」というレトリックで包み込んだ不安げな予感は、「東京にいることの辛さ」として見事に跳ね返ってきた。

東京を離れ、サンフランシスコ→ロンドン→秋田と何かと逃げ回って、半ば無理矢理にでも営業再開宣言をしたのが2007年7月のこと。自信が戻らないまま、背水の陣も経験した。やりたいことを絞り込むこと、仲間を見つけること、それが急務だった。

一方この年は、greenz.jpメンバーにとっても試練の連続だった。必死に食いつなぎながら、リニューアルをしたのが2007年9月。green drinks Tokyoもこの時に手探りでスタートした。そしてgreenz.jp共同代表のナオ君とヒロミちゃんがBioneersに行き、一気に流れが変わる。未来とチューニングして帰ってきた彼らは、意欲に満ちた顔つきになっていた。そして2008年1月、株式会社ビオピオを一緒に設立。果てない闇の向こうに、微かに光が見えはじめる。


その全てを見届けてくれていた大切なパートナーは、その間もさまざまな成長を経験していた。僕が結婚したときに密かに掲げていた2つの目標が、気付けば達成されようとしていたのだ。彼女は今年の冬、フランスへ、中国へ、大いなるミッションを抱えて乗り込んでいく。晴れて再びスタートラインに立った二人は、話しに話し抜いた結果、別離を選択したのだった。考えていたプランを一から書き換えるのに、本当に時間がかかったのも事実だけど。


そして2008年10月、僕は旅に出た。NY→SF→LA→ハワイと、大統領選挙と金融危機で揺れるアメリカへ、一ヶ月ものビジネストリップ。ニューヨークでは、TreeHuggerをはじめグリーンなアクティビストに会った。サンフランシスコではBioneersを初体験し、ハワイではシスターカンパニーh2-techを中心に水素社会を目指すキーパーソンを取材した。11.4のオバマの演説をホノルルのgreen drniksで見て、ちょっぴり日焼け顔で東京へ戻ってきた。


一ヶ月もかけて、何をしてきたのだろう??
きっと僕は、奇跡を見てきたのだ。


グッドな方のグローバリゼーション。リスクキャピタルとしての辛抱強い資本主義。水素をベースとした分散型エネルギーと、人間意識のポジティブなエボリューション。すべてはやがてワールドシフトへつながっていく、歴史を彩る奇跡的なノードたちだ。

僕のこれからの使命は、身近な奇跡をリアルに語ること。長い時間がかかっても、確実な奇跡を現実にすること。僕を僕たらしめる好奇心は、どうやら人間意識をポジティブに進化させる社会的なインフラにこそ、感応するらしい。ならばいっそ、そのインフラをつくる仕事をしようじゃないか。がむしゃらにもがきながら、未来をつくる一翼を担ってみようじゃないか。

Stay studious, stay visionary。移り気な少年よ、確固たる理想を追え。

Posted by YOSH


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