
明日から23日まで、家族旅行で北海道へ。函館に2泊し、札幌に1泊の予定。北海道へは7年ぶり?くらいだが、グリーンマップの舞台となっている函館や、日本ハムファイターズがホームになった札幌など、どちらの街も、地方都市ならではの面白いムーブメントが起こっていて、最近特に関心が高かっただけに、結構楽しみです。
ハコダテスローマップは、「ふだん見過ごしがちな環境のgood(いいところ)やbad(わるいところ)を、『ゆっくり』『じっくり』と発見しながら、それらの情報を地図の上にデザインしていく」、情報デザインの観点から地域コミュニティをつないでいくプロジェクト。そのつながりをダイナミックに可視化したcontext viewer は、中村勇吾さんによるもので、地域のリソースをインタラクティブに表現するタウン情報に心躍った。地域の住民が、そのインタラクティブな地域情報をどのように活用しているのか、あるいは、旅をする人間としてそのコミュニティにどのように触れることができるのか、スローなコンテクストをインタフェースに、実際につないでいこうと思う。家族と一緒に、ってのもすごくいい感じ。
函館は、他にも「コラボレーション型の学びを支える環境としてデザインされた新しいタイプの大学」という、はこだて未来大学にも足を伸ばす予定。地方発知的創造の生プロセスを少しでも感じられれば。
札幌は、なんといっても「モエレ沼公園」 master plan by イサムノグチ。いわずと知れた2002年グッドデザイン大賞であり、『美学への招待』でも新時代の美的スポットとして取り上げられ、積年の思いを馳せる公共の公園。街の中心との位置関係から、パリ、ラ・ヴィレットの小さい版、札幌市民の休日の憩いの場であり、インスピレーションの場を勝手にイメージしてる。「ゴミ埋め立て地であった土地を、一人の芸術家の発意と関係者の情熱によって雄大なスケールを持った公園へと再生したもの。ネガティブな要素が複合的に存在する土地を活性化し、周囲の住民や生活者に歓迎される場を作り上げた点、札幌市による開発プロデュースの手腕・実現に対する飽くなき情熱が評価された。」と受賞理由にあるが、まつわる文献を読んでも、アーティスト、自治体、市民の真摯な努力によるこの公園の実現が、新しい時代のコミュニティ作りのモデルとして、僕には輝いて見える。プレイマウンテンを駆け下り、ガラスのピラミッドで和もうっと。
札幌は、他にもSHIFTプロデュースのSOSOカフェがあるし、何かとうわさを耳にする「ビジネスベースでアジト的な人のたまり」、ビズカフェがある。で、何よりもグリちゃん(前飼ってた猫)に会える?かも。
というわけで、明日は早起き也。いってきます。

今日も蒸し暑い。
昨晩未明、家に着いた。
午前中に洗濯をし、クリーニングを取りに行く。
なぜかゴミ箱に水がたまっていた。
部屋も散らかったまま、洗いものも残っている。
出発前の自分の残像が見える。
夏休み、自宅での一ヶ月の、堕落ぶりが見える。
逃げていた。

そこでしか撮れない写真があるように、
そこでしか書けない文章がある。
それしか言いようのないレトリカルな表現が、
その景色に、唯一リアルな対象としてたどり着ける。
そのとき、旅としての悦びを得る。
日常とはなれた異空間にいる満ちた気持ち、
土産話、刻まれた記憶として、永く名残るものとなる。
そこでしかできない、何か。
自分にとって、いてもたってもいられないほど、
美しいと感じるかけがえのないものに出会ったとき、
そこで何をしたいか、あるいは、何をすべきか、
何を思ったかに、人の個性が自然と表れてくるのではないだろうか。
6:00起床。朝の平内は潮が引いて、温かい温泉が顔を出していた。しばらく隣のおじいちゃんと談笑していると、昨日白谷の川ですれ違ったカップルが、男の子のおじいちゃんと一緒に入浴していた。屋久島は本当に、小さな島だ。接骨院を東京で開きたいという男の子(彼は屋久島に親戚が二十人居るそうだ)と、日本語も流暢なエスパニョーラ。東京の話、ポロンの話、おじいちゃんの戦争の話など、朝のまったりとした時間を共にすごす。東京での再会を約す。
その後、春田浜の物見やぐらでチルアウト。台風16号の影響で立ち入り禁止となった人工海水浴場は、さながら戦に破れた古城の遺跡のよう。そのもの寂しさが、今の気分にちょうどよく、ペイタのパンをほうばり、スムージーを片手に屋久島でのたびを振り返っていると、いつのまにか寝ていた。
コインランドリーを回して、その間にお土産を購入。魚料理にぴったりの粗塩、とびうおの干物、屋久島名物ヤクトロ(とろろ芋)、おまんじゅうを購入。他にも縄文水や、三岳、flowersの木製品など、もりだくさん。これだけ配るとこがあるというのも、幸せなんだろうな。時間が余ったので、5度目の尾の間は、湯船を独占。さ、船の時間が近づいてきた。

朝5時起床、こっそりと帰り仕度。外に出ると、久々に仰ぐ青空が気持ちよい。白谷までのドライブ中に今日の一日の太陽が登ってきた。本当に、すがすがしい朝だ。道路の拡張工事の細い道を抜け、車もまばらな駐車場に到着。

著名な飛流おとしをわき目に、そそくさとわき目も振らず登ってゆく。足取りも重く、心も落ち着かない。白谷小屋を超え、苔むす森に入るも、こだまを感じる余裕もない。白谷はとても奥深い。禅の修行のように、歩きながら心と体が分離しているのがわかる。煩悩がめぐり、審美観もぶれてくる。帰りを待つ、追われるタスク。それを思い出させる優れたバランス感覚なのか。集中せず、深い記憶もないまま、暗に目標としていた太鼓岳に出る。

今、白谷雲水峡を登り、もののけの森を抜け、一枚岩の開けた太鼓岩の上で坐している。はるか臨む奥岳の重なるレイヤー、緑のグラデーションが美しい。かすかに轟く、安房川の清流。後聞こえるのは、鳥の鳴き声。強い静寂が漂う山の頂に、30分ほど一人で座る。途中さまざまな面々が急な坂を上り、岩に登り、思い思いの感動の声をあげてゆく。この景色の感動をこの空間で共有していた。欠けた心は、いつのまにか満ちていた。田口ランディ氏の書を読み、デフォルトされた世界の捕らえ方というくだりに、反応していた。この自然は漠然と捉えるだけではもったいないと、すっきりとした気持ちが、体の中に流れる。明日の夜には東京に居る。夢のような、毎日が濃い時間。山尾三省氏の「魂の濃さ」をどこでも見出せるはずだ。佐藤さんからかけていただいた言葉、「人生は、山あり谷あり、濃いほうが楽しいですから。」この屋久で迎え超えた山を、谷を、文学的な縮図に捉えながら、気持ちの張りを切る。

白谷から車で帰る。白谷行き始発のバスが、台風明けの晴天を祝う登山者をたくさん運んでくる。太鼓岩も今頃さぞかしにぎやかだろう。いろいろな声が聞こえてくる気がする。帰り、疲れながらも必死に川をまたぐ外人と日本人のカップル、川をまたがず岩でまったり座っている女性など、それぞれにとっての山道。
下におり、かぼちゃ屋でハーブの利いたカレーを食す。復刊した『聖老人』を購入する。安房で明日のフェリーとレンタカーの乗り捨ての確認。春田浜によるとこちらに住んで2年と言う、素敵で自然体なカップルに、夕陽の美しい場所を教えてもらう。尾の間のパンや・ペイタで明日の朝食を買い、4度目の尾の間温泉で汗を流す。岩崎ホテルに忍び込んだり、寄り道しながら、平内海中温泉から2分の宿にチェックイン。小潮の今なら一晩中は入れるというが、、潮はやや高い。
と思ったのも束の間、集中が切れたか路肩にタイヤをぶつけてしまう。幸いにもタイヤのパンクだけですんだが、携帯も切れ反省しながら立ち往生。他のレンタカーの方に連絡を取ってもらい、駆けつけてくれたレンタカーのお兄さんの優しい笑みに救われる。猛省。ガソリンスタンドで、手際よくタイヤを替えてもらう。猛省。教えてもらった矢筈の峠は、サルとシカの危機を伝える声を浴びせられ落ち着かず、いなか浜へ赴く。

沈む、否、消える太陽を見る。かすかに炎が西の空に燃える。水平線から1cmほど上のところで、タイムラインに刻まれたように、アルファは消えてゆく。青とまじり合う赤。瞳で追う赤の残像。赤はグレーの空に溶けた。一瞬ではない営み。そして今日という一日の夜が訪れる。
足にどこからかハエがまとわりついてくすぐったい。今、なぜいなか浜にいるのか。昨日買った田口ランディさんの書の3章、樹の章は太鼓岩の上で高揚しながら、水の章はかぼちゃやでおなかを満たしながら、森の章は今、ここの浜で顧みながら。文学的体験は、確実に刻まれた。
そんな一日が終わった。今日も濃い一日が。場所は屋久島、ただ、それだけのこと。でも、ここだからこそ、いい感触が心に在る。
今18:30。太陽を示していた紅い円はすでに空になく、周りには思い思いに夜をすごす人たち。夕陽を背に、写真を撮って満足して帰路につく人々、「わたしも産卵したい!」と大声で浜に駆け下りる女性、「2004.9.8 屋久島」と砂に書き記した女性。
それぞれの9/8がこうしてすぎてゆく。今日という日は、今日である。これはこれで、それはそれで、僕は僕で、この夜を味わう。

最後の食事は、麦生の創作イタリアンose。豚肉と野菜のソテーのデキグラスソース、イタリア風チャーハン、どちらも笑みがこぼれる。これは、美味しい!チャキチャキとフォークが進む。居心地のよさを与えてくれた素敵なサービスのおかげで、屋久島最後の晩餐は幸せイッパイ。平内までの帰り道に、暗がるよるにひときわ煌々と輝く麦生市民球場(仮称)を発見。そのスポーツは、なんと大の大人によるソフトボール。聞いてみると、町内対抗のリーグ戦が開幕したばかりで、暗い島を照らすまばゆい照明の下に、野次を飛ばす子供から老人まで、島の生活の意外な一面を見る。子供たちの投球モーションも、振りかぶらずに下投げ。試合は見ていて気持ちいい、乱打線。後ろの公民館では、なにやら舞踏の練習。
楽しみの平内は、小潮と言いつつやはり満ちていた。海水でうめられた温泉は、風邪を引きそうだったので長居はせず、満天の星を見上げながら、宿に戻り就寝。

9時起床、寝ている間に台風は過ぎていた。まだ、フェリーや飛行機は止まっていて、空港の方では、延泊組みの殺伐とした雰囲気のうわさを耳にする。僕は果たして、スケジュールどおり無事に帰れるのだろうか。テレビを見ると、観測史上最大の風、北海道に上陸の危機などし、アナウンサーが大変、大変を繰り返している。屋久島の当人たちは、思っていたよりは、と安堵。午前中、田口ランディ氏の『いつか森で会う日まで』を買う。写真家・山下大明とのコラボレーションが美しい本だ。その後、山下さんは実はサブローさんと同じバンドを組んでいることを知る。屋久島のある気持ちよい一面が、晴耕雨読に凝縮している。
風もやみ、午後からおまつ、おめぐと合流。勢いで、屋久島グリーンホテルオリジナルの「屋久島 nature kingdom Tシャツ」を6人おそろいで買い、すぐさまお手洗いで着替える。揃いに揃ったわれら屋久島軍団に、熱い視線が浴びせられているのがわかる。
水量の増した千尋の轟く滝は、圧巻のひとこと。その後、大川の滝まで足を伸ばす。一人旅できたはずなのに、この旅で初の団体行動が純粋に楽しい。仲間の情報で、flowersという屋久島の木々をかわいいプロダクトに加工する工房でさまざま、ささやかで大切でお土産を買う。

その後、混雑の尾の間温泉につかり、久々に晴れ間が見えたので、片方の道の果て、永田のいなか浜へ夕焼けのチルアウト。台風の去った空に、紅い色が映える。

最後の晴耕雨読の夜、おとついまで泊まっていたイシザワさんも晴耕雨読へ。台風の影響で島内に野菜はほとんどなく、今日の献立は、カレーうどんとスパゲッティ。三岳を片手に、指のゲーム、折り紙、軽い話、深い話、出会ったばかりなのに、クラスメートと修学旅行に来たような、やさしく楽しい時を過ごす。みんなで屋久Tで記念写真。
宿での呼び名は、「秋田美人」で、「妄想」するキャラだった。動きが多く、挙動不審とはよく言われるが、すべての想いが妄想にすぎないと言われてる気がして、最初は実はむかついていた。それでも妄想ってクリエイティブだよね、とか、こうやって夢を語れる自分って幸せだなぁ、と日につれて思えてくる。なんだろう、ひとつ強くなったと言うか。。確かに名残惜しさや寂しさを感じ、出逢いの感謝の意を雑記に記す。山尾三省氏の『聖老人』の初版を大切に読みながら、そのまま最後の就寝。

朝8時起床。台風も近づき山の予定はすべて延期。芙蓉寺にお金とおみやげの三岳を届けようと、白川に強い憧れを持つヒトミさんを連れ、強風の中再び芙蓉寺へ。やや水量の増した「渡来」へはスリリングな川渡り。道林さんにお土産を渡し、薪で湯を沸かしてコーヒーを頂く。僕もそうだが、屋久島への思い入れは人それぞれなれど、大きなターニングポイントで屋久島に呼ばれる人が多いようだ。そんな多感な頃合に、三人でも禅問答。ヒトミさんは涙を流していた。よく考えると、えらそうなことを言っている自分は、どんな器だというのか、もう一度考え直し、反省する。まだまだ、修行が足りない。
ビショヌレで一路宮之浦へ、港は荒らぶる強風。サブローさんも我が家に台風対策を講じている。午後には町中のお店が閉まりだす。ぎりぎりでカップラーメンとフライドチキンのジャンクフードを買い、晴耕雨読で雨のなか読書。『笑太郎と踊り念仏』という絵本の挿絵に見入る。サブローさんに聞くと、山尾三省氏の亡くなった奥さまが書いた絵本という。さらに奥さまの写真は、サブローさんのバンドのライブで、幸せそうにはだしで踊る姿なのだった。縁のある絵本のメッセージは、「念仏は踊って、体で楽しんでこそ、幸せになる」と言う。メタモルフォーゼの感覚がまだ残る肉体に、踊りの神髄が同期して感慨深い。
お昼寝をしてると、誰かが僕の部屋をたたいている。恐る恐る戸を開けると、前日まで泊まっていたおめぐとおまつコンビそこに。今日泊まる宿が虫が出たり、あまりにも不衛生で、居てもたっても居られず、ヒッチハイクで晴耕雨読に戻ってきたという。テンションの高さに、本気度が伺える。話を聞き、今日は我慢し、明日は晴耕雨読においでとまとまり、安房までトッポで送ってゆく。その宿は、無駄にデコラティブな部屋で、通りからの風が直撃する、台風の夜には心細い部屋。電線からは火花が飛び散り、これは心配だ。。二人はそれでもヒッチ体験が出来てよかったと、はしゃいでいた。なんとも気持ちいい。
少しお昼寝をして、今日は夕食の準備。僕は「米なすと島豆腐の精進味噌煮込み」を。つまりは住職の精進料理を、なすに見よう見まねでアレンジしたもの。大きな米ナスと豆腐を大雑把に切り分け、味噌のみで味を調える。なすや豆腐から出る水分が飛んだら、程よく味のしみこんだ精進料理が完成です。なかなか好評。この日は、さいころステーキと手をこめた焼きおにぎり、コンソメスープ。「三岳」に筆を入れて、名作「五岳」「年岳」を作ったり、子供のように遊ぶ。夜はお酒を飲みすぎて就寝。

今朝は4:30起床、ヨガや座禅をゆったりとして気づけば6:00。淀川小屋を発つ頃には、天気は雨。山上には風がうねっているも、登山道の木々に守られ登るのは苦にならない。整えられた山道をテンポよく登ること1時間半、急に風が強くなり、視界が開ける。そこが小花之江河と呼ばれる、小さな湿原だ。日本庭園のような、というガイドブックの形容も確かにわかるが、小花之江河のような日本庭園を、逆にわれわれは近所に求めたのではないだろうか。強風雨から身を守る木々がなく、霧と風の白と緑の薄暗い景色の中では、人間はとてもはかない存在に思える。いても発ってもいられず、座して足を組む。
そこから10分ほど進むと、こんな高地に出現した湿原、花之江河である。誰もいない。足場の先に、小さな鳥居が設けられている。それを拝み、風と雨と霧の光景を全身で仰ぐ。あの霧の先に、何があるのだろうか、霊的な気持ちに押されて、またも坐す。何が見えるともなく、自然に歌を歌いだす。そして、食欲のままに、朝食をとり、昨日に続いて放心する。後々、宍戸さんにいろんな話を聞いたが、僕にとっても縁の土地となりそうだ。
天候が悪いので、引き返す。小屋で宮之浦岳に登った人の話を聞くと、山頂は風で立つことすら出来ないほどの強風が吹き荒れているらしい。すれ違った方々の無事を祈る。宿がなく、山小屋に泊まっているという若者としばし談笑し、登山口から高揚としたまま下の世界へ。途中でヤクザルがボンネットに乗り、どうすればいいのかわからず、立ち往生。近くにいてくれた車のフォローのおかげで何とか切り抜ける。サルも野生から、共生へと生き延びているようだ。

いつもの尾の間温泉で体を清め、お金をおろし、食料を調達。ガソリンが心細いが、赤いランプが点滅してから15キロは走れるという白神での話を思い出し、大川の滝を目指す。台風で島を周回する県道のうち、西部林道が倒木で通れないので、大川が道の果てだ。森から水が飛びあふれるように、大川の滝が見えてくる。近くに車を止め、滝つぼへ駆け寄り、またしても腰を抜かすほどの圧倒的巨大のスケールに立ち尽くす。阿呆みたいに大量な水が流れ落ちる。轟音と細かく砕かれた滴が辺りを包む。滝つぼに近づくと「濡れていること」が当然の感覚になっている。少しビーチに下り、昼飯に先ほど買った筍と蛤のまぜご飯を食べる。台風が近づき潮の高い海をみながら、海の幸と山の幸を頂く。

そのまま安房まで戻り、ガソリンを満タンに。宮之浦のコインランドリーで、たまりにたまった洗濯物を回す。その間に嵐の前の宮之浦を車でまわる。日曜日で人気も少なく、台風18号の不気味な影を曇り空に重ねる。

今日の夜は晴耕雨読。偶然にもFinal DropのCDにも写真が載っていた。首にかかったタオルと髭がチャーミングな店主のサブローさんと挨拶をし、部屋でくつろぐ。この宿では、みんなでご飯を作るようで、台風の前の正直に不安な気持ちを癒そうと、いい匂いの漂うキッチンへ。食卓には豚の角煮、チーズオムレツ、八宝菜、味噌汁とご飯で、今日の夕食代は一人200円!うっわ。
みんなで買った三岳を呑み交わす。古い橋に散歩をし、山おろしは吹かず海からの強い風に鼓動が早まる。台風がいよいよ近づいている。すでに今日からフェリーや飛行機に決行が目立ちだす。島には延泊組がたくさんいるようだ。それでもみな、せっかくだからとこの島を楽しむ。
始めましての旅人たちは皆、屋久島に、そしてこの宿晴耕雨読に、特別な思い入れがあり、何度も足を運んでいる人のようだ。まったく知らなかったが、白川はみんなの憧れの地らしい。山尾三省さんという詩人をこのとき初めて知る。山と渓谷社の屋久島ガイドには、「逆光のほうがええ。」と言っていた道林住職の、立派な笑顔も写っていた。その本の表紙に載っていたエコツアーガイドワッシーも晴耕雨読に呑みにきた。サブローさんも宮之浦川への思いを綴っている。名前に惹かれた晴耕雨読という宿は、思っていた以上に自分にとって重要な宿となった。台風への不安もいつのまにか、消えていた。幸せな気分で、就寝。

朝4:00起床。裏手にたまった雨水で、かおを洗う。気持ちを切り替え、体を振り子のように揺らしながら、朝の座禅が始まる。朝の二回目には、足のしびれがピークに達し、見事なまでに肩をたたかれる。その後、座禅のままお経を読み上げ、禅堂をさながら一休さんのように拭き掃除をする。小一時間ほどで掃除を了し、母屋に戻ると住職お手製のおかゆと、庭で採れたヘチマの料理が用意されていた。「もぎたてヘチマと島豆腐の精進味噌煮込み」とでも名づけられそうな、とても家庭的で深い味わい。精進料理とは、単に質素な食事ではなく、精進こめて作った料理ならすべて、精進料理なのだ。
その後、こんな山奥でも通じるインターネット。住職にとって、インターネットは、禅に何を求めているか、世の時勢を掴むための大切なツールなのだ。ITの、すばらしい効用だ。お釣りがないということで、また再来することに。そのときは焼酎「三岳」を持ってくる。
昨晩こんなぶしつけであいまいな質問を投げかけた。「住職にとって禅とは何?」住職はためらうこともなく、「座禅をしていたら、そのまま死んでもいいのう」と答えた。禅は、僕にとって我慢だった。それは、まさしく「修行が足りない」修行そのものだ。屋久島にくるや、この禅的体験ができたことに感謝。
山寺を後にし、裸で遊べるという白川界隈を散策、晴れていたらまた来たい場所だ。この辺りのポストは、一軒一軒手作り。バラエティ豊かで、とても味がある。山尾三省さんが拓いたこの地区の趣きは、屋久島の新しさと深さに呼応している。その後、旅中5日も通うこととなる尾の間温泉に入浴。住民の手による、素朴ですごしやすい温泉。

風が強い朝、住職にも今日の天気だと山は厳しいぞと突っ込まれるも、麓は気候がよいので、車で行ける登山口まで下見を志す。遠くに望む奥岳は、どうみても霧で霞んでいる。安房からヤクスギランドまで、最初は気持ちよい広々とした道だが、霧で見通しが悪くなる標高1000mを超えた山道はすれ違うのもやっとなくらいに細まる。ふと、広場に出て右手を見ると、不思議な柱の影が目に入ってくる。これが、樹齢3000年といわれる紀元杉だ。散策路に下り、初めて見たヤクスギの姿に、言葉を失い、腰を抜かす。でかい、何だ?これは。木?圧倒的な存在感にため息が出て、そのまま放心していた。
幹をなでる。別れづらくも、別れを告げ、淀川登山口へ。
山のコンディションは、以前の白神と比べれば、そんな悪くない。屋久島初の登山、憧れの山小屋で飲むための缶コーヒーやパンをバックパックに詰め、気合を入れていざ!40分ほどの軽い行程で世界遺産登録地域に入る。そこからさらに5分ほどで、淀川小屋に到着。荷物を持ったまま、霧がかり、風に雫が舞う淀川のせせらぎを見に行く。もはや悪天候でこれ以上上るのは住職の言い伝えどおり辞めて、川辺の岩の上で横たわってチルアウト。そのまま読みかけの『美学への招待』を読むことに。ちょうど「複製の感性的体験」という章にさしかかり、なるほど友達が「魂の・命の・最も美しい流れ」と形容したやさしい緑色に染まった流れの光景に、憧れの観念と直接体験がシンクロして悦にはいる。
屋久島は何もかも桁が違う。ヤクスギの巨木や一枚の巨岩は、歴史がそのまま大きな形となる。一方、ヤクシマと名のつく植物や、ヤクザル、ヤクシカは、厳しい自然を生き抜くために小ぶりになっていった。大にも小にも、歴史がデフォルメされた世界が広がっている。
暗くなり、小屋の中二階でパンとコーヒーを軽く食べ、早めに就寝。

朝7:00起床、日記を書き終え、この旅の相棒となるレンタカー、三菱のTOPPOにエンジンをかける。相性抜群、安房から宮之浦、一湊まで、島を周回する国道を走る。気になったら脇道にそれて、一人旅の気ままなドライブ。脇道のその先に、思いを馳せてワクワクする。途中小雨が降るも、屋久島の雨は、何だか暖かく柔らかい。コンビニで、明日の登山に必要な水や食料を購入。
今日は友達が以前修行した禅寺、芙蓉寺へ参禅する予定。そのお寺がある白川に下見に行こうと、プリントアウトした行き方を頼りに、林道に迷い込む。不安になるくらいの山奥に、「渡来」と書かれた、その寺への入り口があった。近くで小さな工事が行われていたが、川の流れはとても清らかだ。

有名なかぼちゃ屋で屋久島ラーメンを食べながら、港の近くの環境センターでコピーしてもらった資料を見る。奥岳と呼ばれる、島の中央にそびえる1800m級の山々と、地元の信仰についての記述が興味深い。また、環境センターには「屋久島自然情報」と銘うったホワイトボードがあり、それぞれが持ち寄った生の情報をマッピングしてゆくという、インタラクティブな地図まであった。

宮之浦港は、台風16号の影響で、一階の壁が吹き飛ばされて、木で補修していた。係の人曰く、「こんなすごかったのは、生まれて初よ!」とのこと。今は天も晴れているが、これが嵐の後の静けさだと思うと、気まぐれな自然への脅威を感じる。島の到るところに、大きな爪あとが残っている。

下見した一湊から再び細い道を登り、白川の美しい白川地区に入る。たまにすれ違う車の人に、「この道は屋久島で一番危険な道だから、気をつけな」と声をかけられる。後に知ったことだが、白川地区は島で唯一の、山あいの集落である。川をまたぎ、さらに獣道をあがったところにある芙蓉寺は、人が住む一番高い場所なのだ。子一時間ほど、屋久島らしからぬ晴れ間の下、誰もいない白川の渓流でまったりする。一人が十分寝られる岩が、ちょうどよく川の真ん中にあり、上半身裸で屋久島初のチルアウト。天気雨もやさしく降りそそぎ、屋久島の神髄に多少触れた気がする。この島は、深い。

住職の名は道林さん。寺の名は、屋久島に咲く花と、経典の芙蓉道楷大和尚から。住職が15年かけて完成させた木造の趣きある母屋で、まずは本日の晩ご飯、ひやむぎを作る。ゆで汁を沸かすため、薪をナタで割り、薪ストーブに枯れ木を並べて火を起こす。つけ汁は、しいたけだしの利いた住職のお手製。食事の間の住職との禅問答に、どんどん意識が広がってゆくのがわかる。いよいよ座禅の時が近づき、にわかに緊張していた。
6時。さらに奥まったところに、立派な禅道場がそびえる。母屋のカオス的雰囲気のよさとは対極にある、洗練された禅的空間にしびれる。木のいい香りが残っている。
本格的な参禅は初めてなので、さまざまな作法を習いながら、いざ座禅。今日は約45分坐し、15分歩くのを三回繰り返す。一回目では呼吸を整え、2回目で姿勢を正す。3回目ですでにやや集中が途切れる。今日の座禅はこれにて終了。まだまだ修行が足りないことに、ややへこむ。おきて一畳、寝て半畳。坐した畳の上で今日はおやすみなさい。

徹夜で朝を迎える。コンテンツに作業表と、外ブレ登録用紙を提出。家に戻り、Merryの修正を上げ、blogに屋久島への憧れをエントリーするも、BeGoodのトップのデザインが間に合わず。長い夜は荷造りでさらに更けこむ。
飛行機で、初の九州上陸、天気は曇り。初めて目にする九州の山々、森の色はちょっと彩度が高めで、東北とは違った雰囲気を感じる。歴史的な台風16号の影響で、昨日までフェリーは動かなかったらしく、再開初日の今日、フェリー乗り場はとても混雑していて、種子島経由のその船はすでに満席だ。時間が開いたので、まったく予約していなかった宿を段どる。9/2は花皐月、9/3は芙蓉寺に参禅、9/4は縄文杉近くの新高塚小屋泊、9/5~7まで名前に惹かれた晴耕雨読、9/8は平内海中温泉を旅のハイライトにすべく近くのバンガローという宿を抑える。それっぽい計画はたてたわけだが、果たして。
フェリーにて。右手に、夕陽が差し込む。はるか水面に、陽と雲がさまざまな紋様をつくりだす。
夜は民宿『彩海』に一泊、夕食は『花皐月』の飲み屋で。相部屋の方は京都から、急に休みが取れ、ならばと思い立って、とりあえず屋久島へきたそうだ。一緒に呑んだもう二人は、青春18キップで鹿児島まで来たという、名古屋の美大生。そんなツワモノたちと飲み交わしながら、徹夜の疲れもあって、屋久島一日目の夜は早めに就寝。

屋久島の音と映像をまとめた、DJ KeNsEi、Kaoru Inoue、明鏡止水らFinall Dropクルーによる『elements』。そこに納められた歴史を語るスギの造形、苔の蒸す森々、巨大な滝の壮大なパースペクティブ、開いた空。雨と海と滝と、雫が満ちる屋久島に、いつからか本能的に惹かれていた。
そして偶然、白神に共に上った友人から、屋久島での3週間ほどの滞在の話を聞いた。雨に濡れた朝霧のWPPDの帰りに、ほうとうやで語った「水」への憧れが、この旅を決定付ける。転職前のこの多感な心持ちのうちに、行くべきところは屋久島しかないと感じた。まるで屋久島に呼ばれている気さえもした。
9/2~9/9まで、東京から屋久島へ。今、台風が近づいている。富士に登るときも、はやる気持ちを察してか、いつも台風を呼び込んでしまう。それは単なる偶然とはいえど、今回の台風もこの島の厳しい自然の光景として、風を雨を、五感で体感できるだろう。また、一人旅も初めての経験。どんなことがおころうとも、この旅から得られそうことは、きっと大きい。

8/15、16と世界遺産白神山地へ計画。青森大学で自然について学ぶ親友の車で、7号線から能代で101号線へ左折。101号線は青春18キッパーにはおなじみの五能線と併走するドライブの気持ちいい海岸線を通る道。その途中に白神岳登山口がある。ローカルな五能線の駅はほとんど無人駅だ。白神の前に大小33の湖が絶好の散策スポットである十二湖へ。そこで早くも大人のブナを発見。

十二湖を代表する「青池」は光の差こみ加減で、とても艶やかに色を変える幻想的な空間。透明な水面に川魚が泳ぐ。いまだ科学的に解明されていないという湖は、いつまでもその変化に見入ってしまう魅力がある。その後登山口まで車で登り、いざ、準備オッケー!

白神が世界遺産たる所以は、世界最大規模の天然のブナの原生林がひろがっていること。ブナとは漢字で木偏に無い「?」と書く。杉などと比べ木材としての価値が無いためだそうだ。人間の生活の視点で見た漢字の成り立ちが興味深い。ブナのテクスチャーは、印象派の絵画のように淡く繊細で、時に大胆で、近づいても、遠めで眺めても、とても美しい。この日は途中から大雨。健脚者向けの二股コースを登ってみたが、本当にタフな道のり。川をロープでまたぎ、沢を駆け抜け、急勾配の坂を山頂までひたすら気力で上る。何度「ファイト~、一発!」と叫んだだろう。。何とか5時間掛けて頂に着いたときは、死ぬほどうれしかった。

白神岳山頂の山小屋は、3階建てでとてもよくできている。トイレも上出来で、トトロの道のような穴めいた道を下る水場も近い。1階にいた方にバーナーを借り、インスタントコーヒーで乾杯。下では味わえない上質なおいしさ。カリン酒をちびっと呑みながら、疲れからか寝袋で朝まで爆睡。朝5時半起床し、友達とヨガでまったりな朝を迎える。リフレッシュして、いざ下山!帰りは比較的楽なマテ山コース。霧で核心地域は見えなくとも、森林限界から見えた雄大な北東北の景勝に、思わず息を飲み、笑みがこぼれた。

二股コースは沢が見所だが、マテ山コースはまさにブナの原生林の中を歩く。ところどころに幾重の歴史を感じさせる、奇異な木々や巨木が茂っている。ブナの白みがかかった肌触りが優しく森を包んでいる。風が吹くと楓が揺らめく。人気の無い登山道で横に寝そべってみた。そんなことをしながら下山はあっという間、一路青森市を目指す。

途中五所川原の『ラーメン街道』で和歌山ラーメンを。喜多方ラーメンが物凄い行列!青森市で父の職場を訪ね、友達の家と青森大学を巡り、200キロ先の秋田へ再び戻る。帰りは僕も緊張気味に運転する。左に津軽富士とも言われる岩木山が美しい。鯵ヶ沢を越えると、101号線は再び海沿いに。夕方に差し掛かり、車は夕陽に向かって走る。

ドライブは快調、夕陽が沈み空が赤くなったころに、大岩に到着。海を渡り、波が削った黒光る岩を一段ずつ登る。岩上から望む日本海に、しばし時を忘れる。その後、温泉を浴び、愛ちゃん初勝利のニュースを見届け、夜の秋田へ車を飛ばす。街頭も無く、どっぷりと沈んだ夜空を見上げると、天の川が見える。岩崎村は日本で一番星が美しいと言われる。路肩に駐車し、ボンネットに横たわりながら、満天の星で極上のチルアウト。車もまばらで、聞こえるのは波の音だけ。友達は流れ星まで見たようだ。
その後は秋田までは高揚とした気分で、語り合う。この多感な友達にして、この僕あり。お互いの知ってること、体験したことが、複雑にでもまっすぐに昇華する。WPPDのときのドライブもそうだったけど、会話しながら問答し、新しい気付きがどんどん生まれてくるこの対話は、何よりも活力になる。
北東北は、知ってるようで何も知らなかった。
そこにはいやらしくない、洗練された自然の美がそのままあった。
感動って結構純粋なもので、僕は北東北に感動し、
ここが自分のルーツであることを誇りに感じた、そんな旅だった。
フッキー、本当にありがとう!
ふるさと秋田から車で3時間ほど、青森県との県境に広大に広がるのが、1993年に世界遺産に登録された白神山地。地理的に伐採が困難なところにあったため手が加えられることも少なく、ブナの天然林がほぼ原生のまま残り、自然の生態系が保たれているという。
秋田の帰省中にどうせならと思い立ち、青森で自然教育について学ぶ高校の頃からの親友と白神岳に登る予定を組んだ。海抜0mから1000m級の山々、名勝を誇る滝や湖をめぐる一泊二日。登山者のモラルが問われる入山問題やさまざまな利害が交錯する自治体の管理問題など、天然林をめぐる対話は引き続き継続しているようだ。住民ではない観光客としての興味と、秋田県民としての地域の資産への畏敬の念をパラレルに感じながら、いろいろな気付きを得られたらと思う。
なべゆきさん、須田さんが今週末足を運ぶというベネッセアートサイト直島(なおしま)。安藤忠雄による直島コンテンポラリーアートミュージアムを拠点とした10年来の活動を再編し、豊富な自然と固有の文化を持つ直島全体でのアート活動「ベネッセアートサイト直島」として今月からリスタート。
その心くすぐるスローガンが「美術的な出来事が起こる場所」。美術的な出来事と言う聞きなれないレトリックにもうときめく。それは、体験を通じた美的な感性をくすぐるハプニングが起こる場所なのだろうか。これは、行ってみたい。

今月はじめに、高野山、吉野、熊野に代表される紀伊半島の山岳の霊場が、「紀伊山地の霊場と参詣道」として世界遺産に登録された。神々しく壮麗な風景が、豊かな感受性を育む。10月からの『空海と高野山展 弘法大師入唐1200年記念』を紅葉の高野山で見に行く予定ですが、この自然の普遍性を享受できたらいいな。
Sacred Sites and Pilgrimage Routes in the Kii Mountain Range
密林の広がる紀伊山地には3箇所の聖地(吉野・大峯、熊野三山、高野山)があり、それぞれ巡礼路で結ばれている。これらは神道と仏教の融合を反映し、また、これらの宗教遺跡と森林景観は、ともに1200年以上にわたって脈々と受け継がれてきた聖山の伝統を示すものでもある。







