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2008 年 6 月 23 日
LETTER [啓蒙する名言]
聖地の想像力 - 植島啓司
聖地が容易にわれわれの意識を変容させるように、われわれ自身の存在もまた「場所」の意味を次々と変化させうるのである。いつ、どのようにして、そこを訪れたかということーすなわち移動の記憶こそが、聖地には長い年月にわたって折り重なるように堆積しているのである。そして、それを読み取る行為は、そのまま自分自身について知るということにもなるのである。
聖地の想像力—なぜ人は聖地をめざすのか』植島啓司、p182、集英社新書

→「居ながらにして情報が手に入る」のではなく「どこにいても世界中の情報が手に入る」状況としての今、人間の営みとして「移動」こそが本質であると著者は言う。そうして場所場所に散りばめられた所縁としての「移動の記憶」が、呼ばれる感覚啓示のような想像力を引き起こし、その先の再定住の地へと導くのだろう。

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2008 年 6 月 17 日
LETTER [啓蒙する名言]
デモクラティズムからデモクラシーへ - 今道友信
いつのまにか、技術連関の中では、どんなに弱いものも、同じような結果を出しうる可能性があるために、すべての人が能力においても平等だと思うようになってきました。人格の平等と能力の不平等は、エコエティカの根本テーゼのひとつです。(…)勝ち負けは能力や運の差を示すだけで、人格の上ではみな同じなのです。そういうことを考えてみて、本当の意味でのデモクラシー(民主政治)をすすめていくためには、デモクラティズム(民主主義)を排して行かなくてはならないのです。

エコエティカ - 生圏倫理学入門』今道友信、p206、講談社学術文庫

→「人類の生息圏の規模で考える倫理」としてのエコエティカは、自然への対物倫理という概念をもって徳目の創造を試みる。そこに「21世紀のロジック」=これからの当たり前につながる価値観の萌芽がありそうだ。歴史上はじめてグローバルなホーム感覚という可能性が開かれた今、デモクラティズムからデモクラシーへ、あるいは悪の衝動から善の衝動へ、「巧みな転換」=エウトラペリアこそ、時代の気分なのだろう。

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2008 年 2 月 26 日
LETTER [啓蒙する名言]
エネルギー・ウェブの時代 - ジェレミー・リフキン
分散型電源の登場と、局所的な、そしてゆくゆくは世界的なエネルギー・ウェブの構築は、世界をつなぐコミュニケーション・ウェブ誕生の延長線上にある、当然の帰結と言える。双方向コミュニケーションと双方向エネルギー共有は、互いに補い合い、利用しあう関係にある。このふたつの技術革命が融けあう過程で、新しい経済と社会に向けた基盤ができる。(…)そのシステムは、史上初めて、分散的な性質と真に民主的な形態をもつものなのだ。

水素エコノミー―エネルギー・ウェブの時代』ジェレミー・リフキン、p275、NHK出版

→ 地球感覚かつバイオロジカルに21世紀のロジックを組み直す中で、「新しい当たり前」の根底をなすだろうエネルギーウェブ構想。ちょうどオープンかつインタラクティブな“ウェブ”的発想がデザインの現場で必要とされる今、その発想をアナロジーとしてエネルギーへ展開することが重要になるだろう。

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2007 年 12 月 7 日
LETTER [啓蒙する名言]
いいものとは何か - スピノザ
わたしたちの活動力能を増大させるもの、促進するものがいいもの、それを減少させるもの、阻害するものがわるいものになる。(…)私たちの変様能力(触発に応じる力)をより多くのものごとへとひらくものであるから、「身体がいっそう多くの仕方で触発され変様することができるよう仕向けるもの」、あるいはその身体特有の運動と静止の構成関係を保持させるものが、いいものということになる。

スピノザ - 実践の哲学』ジル・ドゥルーズ、p74、平凡社

→セレンディピティかインスピレーションか、そもそもにして人間は触発される動物である。突き上げられる感動、考えさせる思考を育むものこそ、<いい>ものであり、エチカルであってほしい。

※ただし、ドゥルーズがスピノザの善悪の捉え方の独自性として考えているのは、変動する活動力能を全体化はできず、「<悪>も<善>も意味を持たない」という、中世当時のテーゼに鋭くヒビを入れたこと。僕たちの身体を受け入れる器自体は、あくまで相対的なのだ。

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2007 年 11 月 14 日
LETTER [啓蒙する名言]
再定住 - ゲーリー・スナイダー
人々が再定住することーすなわち、将来の長い期間にわたって、自分の住んでいる場所にコミットしているかのように生活し考えることーを要求されている。これはある程度原始的なライフスタイルに戻ることであるとか、あるいはユートピア的な地方主義に回帰することを意味するのではない。それは、簡単に言えば、コミュニティに参画し、地域で生活するだけでなく、地球社会から学びそれに貢献することも可能になるような、サステナブルで洗練された経済的実践のありようを探求することを意味する。
『惑星の未来を想像する者たちへ』ゲーリー・スナイダー、p310、山と渓谷社

→いつのまにか自分の中で、ひところの高揚から違和感に転じていたノマディズム。現代の再定住とはローカルとグローバル、リアルとバーチャル両方のコミュニティ/場へのコミットメントであり、ノマドよりもグローバルなホーム感覚が、必要とされているのかもしれない。

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2007 年 8 月 20 日
LETTER [啓蒙する名言]
削ぎ落としたらいけないものは人の温かさ
『削ぎ落とししてシンプルにしていく』というモダンデザインの心得はわかるけど、削ぎ落としていたらいけないものまで削ぎ落としていないか、その削ぎ落としたらいけないものは人の温かみじゃないか。

WEB STRATEGY vol.11 p.61

grafの服部さんが最近感動したという、柳宗悦と民芸運動をやっていた佐賀の木工職人の言葉から。温かみはきっと、ひとりよがりじゃない、相手のよさを引き出して共有しようというリスペクト溢れる態度から生まれてくる。「思い出の引き出し」をそっと開けるようなものを目指すというgrafのインタビューは、いつ読んでも示唆に富んでいます。

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2007 年 7 月 26 日
LETTER [啓蒙する名言]
本物の中の本物を発掘する - 青山二郎
ひと口に本物といっても当てにはならない。本物の中にもほんとうの本物と贋の本物、- 見かけだけのもの、との区別があるからだ。(…)銘柄にとらわれず、外観に惑わされず、本物の中の本物を発掘するのが青山二郎が志したことである。『創造』といったのはその意味で、一日悟得すれば万事に通ずる眼を持つことであったから、命を賭けることも辞さなかったに違いない。

いまなぜ青山二郎なのか』白洲正子、p13、新潮文庫

→世田谷美術館でも『青山二郎の眼』が開催中。いまなぜ青山二郎なのかといえば、「天才的な審美眼」を持ち、「フツウの常識人」でありながら、「一兎を追う方が容易であるから二兎を追え」といい、「精神は認めたが、『精神的』なものは認めず」、「意味も、精神も、すべて形に現れる、現れなければそんなものは空な言葉にすぎない」と信じていたもろもろすべての態度が、アンビエントな時代の気分にピッタリだからだろう。

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2007 年 7 月 23 日
LETTER [啓蒙する名言]
アンビエント・ファインダビリティ - ピーター・モービル
無意識のうちに絶え間なく感覚を通過していくすべての情報が、人間の記憶や信念、予測、決断、行動を形づくる。人間には生まれつき本能が備わっているが、直感に関しては、一生かけて学習し続けることになる。情報は文字通り、大きな違いを生み出すデータなのである。そして実際に、人間の精神を変化させる。

アンビエント・ファインダビリティ』ピーター・モービル、p221、オライリー

→人間はあらゆるアンビエントな情報を五感で感じ、決断して行動を重ねていく。「何を見つけるかによって、何をするかが左右される」くらい、情報に基づく意思決定がサバイバル条件になってくるとき、天候、気の流れ、ひょんなやりとり、もろもろに何かを察するゆとりをもつことも大切なのだろう。

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2007 年 7 月 20 日
LETTER [啓蒙する名言]
未発見のフロンティア - 原研哉
私たちの感覚の中には、いまだに発見されていない大陸のようなものが眠っているのではないかと私は思います。未発見のフロンティアが私たちの感覚の世界地図の中にあって、そこを発見していく作業がまだ残っているのではないか。未発の「感じる領域」を発掘するように探し当ててゆく。(…)テクノロジーはそういう感覚の上にも開花できるのではないか。小さな感覚上の発見が、人の生活に巨大な覚醒をもたらすのです。

デザイン言語2.0』p115、慶応大学出版会

→まだ見ぬインタラクションは人々を熱狂させ、いつかデザインパターンとして“なじみ”のものとなっていく。フロンティアとしての未発の「感じる領域」は、テクノロジーとデザインをつなぐ明確な目標として、地平を開いているのだろう。

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2007 年 7 月 19 日
LETTER [啓蒙する名言]
A Writer - M.B.ゴフスタイン
作家は ソファに座って 考えをあたためている、
やがて 紙に 言葉をおき、
それを切り、 刈りこみ、 設計し、 形をととのえる。

彼女は庭師、 だが土地も、
そこにどんな種子が 根を下ろすかも さだかではない。
花々と、雑草と、 1本のやせた木を 育ててきた。

いま彼女は さまざまな色のパンジーを 夢見る。
1日の初めての光に 彼女は見る 小さな双葉が 芽吹いたのを。

兎がそれを食べたとしても 怒らない。 もっと生えてくると 知っているから、
作家は いつも学び、みつめ、 耳をかたむけるものだから。

いろんな思いが 心にひろがる、 
どんな気持ちの波立ちも 気分の変化ものりこえて、
彼女はそれを大切にしてゆく。

彼女はたくさんの作家の 一人にすぎない、
一人机にむかい、 自分の本が いつか
人々の心の種子となって 蒔かれることを願っている。

作家』M.B. ゴフスタイン、G.C.Press

→旅から帰って、立ち寄った気流舎でサワがふと買っていたゴフスタインの古絵本(翻訳:谷川俊太郎)の言葉が心打つ。書く存在としての喜びをまばゆく感じながら、紙に言葉をおいてゆこう。

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2007 年 2 月 14 日
LETTER [啓蒙する名言]
ヴィジュアル・アナロジー - バーバラ・マリア スタフォード
イメージが我々に差し出すのは翻訳不能、それ以上還元不能のパターンである。これらは人々に、場所に、事物に我々が現在進行形で続けている順応を知覚が細かく調整するところを、多数に記録する。このヒトの連繋能力は個別たると同時にグローバル、特殊たると同時に一般的なものであり、差異と協和の形象(フィギュア)をこもごもうみだすことができる。

ヴィジュアル・アナロジー - つなぐ技術としての人間意識』バーバラ・マリア スタフォード/高山宏(翻訳)、p144、産業図書

→ イメージやビジュアルは近似を感じる感受性を刺激して、人間を繋ぐことができる。「過去のこと、遠いもの、異なるもの」を理解可能にするアートフルなアナロジーとネットワーク的な知は、人々をワクワクさせながら、まだ見ぬデザインをプロジェクト(投企)していくのだろう。

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2007 年 1 月 18 日
LETTER [啓蒙する名言]
人生はJOYだ - よしもとばなな
人生はJOYだ。そう思うことだけが反逆なのだと思う。

ついてない日々の面白み』よしもとばなな、新潮文庫

→交わる感性、想像の及ばないリアクション、なんて人生はJOY!

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2006 年 12 月 7 日
LETTER [啓蒙する名言]
サブジェクトからプロジェクトへ - ヴィレム・フルッサー
かつて客体とみなされたものはすべて、投企に他ならないこと、つまり技術から生まれた結果に他ならないことが、見えてくる。いまや、技術とは、可能なものからあるべきものを選り出すことなのだ。そうなると、技術行動の最終目標は、可能性の場から、あたかも客体に見える当為(モデル)を取り出すことに置かれる。技術が生み出すこうした擬似客体は、もはや主体によって否認される対象物ではなく、あるデザインから投企された投企物なのだ。

サブジェクトからプロジェクトへ』ヴィレム・フルッサー、p193、東京大学出版会

MASSIVE CHANGEの理念にも通じそうな重要な提言。「技術」の可能性は、従属する「サブジェクト」から、私たちを能動的な「プロジェクト」へと導く。(この場合、前後の文脈の「技術」という定義を精読する必要があります)人間相互の関係そのものが具象的であり、結び目の中におかれた客体と主体がすべて抽象的なものと受け入れたとき、直感的な「自己のデザイン」を実現する道が見えてくるのだろう。

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2006 年 8 月 18 日
LETTER [啓蒙する名言]
生きるということは共鳴することである - アルフォンソ・リンギス
生きるということは、物が出す振動に共鳴することなのである。物質にとって、存在するということは、共鳴することである。(…)コミュニケーションが成立するのは、大地、海洋、大空の脈動が、私たちの体内で捉えられ、凝縮され、広げられ、つぎに私たちの体内から解放され、そのこだまが風と海とともに戻ってくるのを耳にするときなのである。

何も共有していない者たちの共同体』アルフォンソ・リンギス、p129、洛北出版

→見知らぬ誰かが目の前にいて、たとえ何も共有していなくても、顔を背けられないほどの確かなる共鳴を感じることがある。それに素直に反応することで、「服従としての思考」を超えた、普遍的で真にオーガニックなコミュニケーションに、到達できるのだろう。

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2006 年 7 月 6 日
LETTER [啓蒙する名言]
フラット化する世界とイマジネーション - トーマス・フリードマン
人間のイマジネーションが大切ではなかった時代など、これまで一度もなかった。しかし、本書を書いていくうちに、いまほどイマジネーションが大切な時代である時代も一度もなかったとわかった。なぜなら、フラットな世界では、共同作業のさまざまなツールが、誰にでも手に入るコモディティになっているからだ。自分のコンテンツを創れる力を、多くの人々が持っている。ただ、けっしてコモディティ化されないものが、たった一つある。イマジネーション - どういうコンテンツを創ろうかと想像することだ。

フラット化する世界』(下)トーマス・フリードマン、p371、日本経済新聞社

→誰でも生産者になれるアップローディング、グローバルなサプライチェーン、特化した事業へのインソーシング、そして個人が主体的に情報にアクセスできるインフォーミング。見えるところ、見えないところで世界はますますフラットになる今、まだ見ぬ世界を描くためには、仮設を掛け合わせて見定めていく、バランスの取れた想像力がカギとなるのだろう。

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2006 年 7 月 4 日
LETTER [啓蒙する名言]
常識は反発しなければならない - ローレンス・レッシグ
単純なアイデアがわれわれの目をくらませ、そしてその暗闇の中で、見ればほとんど誰でも却下するようなことがいろいろ起きている。(…)盲目さが常識となる。そして文化を育成する権利を取り戻そうとする人々にとっての課題は、この新しい常識にどうやって目を開かせるか、ということだ。(…)常識は反発しなければならない。常識は文化を自由にするべく行動しなくてはならない。しかもこの可能性が実現されるためには、今すぐにでも。

フリーカルチャー』ローレンス・レッシグ、p306、翔泳社

ブルース・マウがデザインの不可視性に言及するとき、MASSIVE CHANGEにも登場するレッシグは、周到に忍びこんだ法、特に著作権をめぐる視点から「自由な」文化を投企する。文化をフリーに交換する新しい枠組みに向けて、いま常識の大規模な整理が問われているのだろう。

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2006 年 5 月 31 日
LETTER [啓蒙する名言]
MASSIVE CHANGE - ブルース・マウ
われわれの世界は今、革新そのものによってもたらされた、いくつもの根深い難題に直面している。楽観主義は時代の雰囲気に逆行するものではあるが、これらの大きな難題の周辺、また世界の周辺には、途方もなく新しい力の数々が列を揃えて控えているのもまた事実なのだ。もし文化テクノロジーの周縁で進行しているあらゆる物質をつなぎ合わせることができるならば、まったく想像だにできなかったような未来像を描くことが出来るだろう。MASSIVE CHANGEとは、この未来地図を描くものである。

「デザイン・レジスタンスのためのブックガイド」InterCommunication No.57、p24、NTT出版

→<帝国>的なシステムにすら寄与する「不可視のデザイン」という戦略。そんな今だからこそ、デザインをする主体は裂け目を見つけることができる。現状批判も大切ですが、ただペシミズムにとどまるのではなく、着実でワクワクするな事例を見ながら、ポジティブな未来地図を描いていたいです。

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2006 年 5 月 23 日
LETTER [啓蒙する名言]
目的がはっきりすれば禁欲するまでもない - スピノザ
自分のコナトゥス(注:自己保存の努力)を神の無限の自己肯定の一部として身一つに感じられるようになったら、それは最高の「魂の平安」、安心の極地であろう。それが求めるべき最高の幸福、至福、自由である、とスピノザは言う。(…)「よいもの」を求める欲望は、こんなふうに求めるべきものの認識がしっかりすればするほど強度を増し、コンスタントになる。「目的とは衝動のことである」というのを思い出そう。目的がはっきりすれば禁欲するまでもない。

スピノザの世界 - 神あるいは自然』上野修、p140、講談社現代新書

→「最高の喜び」の可能性を本気になって考えたスピノザ。「自分で最も大事で最も欲することのみをよしとし、あれこれ非難する前に直接よいことに赴く」という自己肯定と努力の視点で「欲望」を捉えなおすとき、目的と出会うための知性の本質として、「欲望」の意味がラディカルに変わっていくのだろう。

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2006 年 4 月 30 日
LETTER [啓蒙する名言]
「最初の2秒」の「なんとなく」が正しい - マルコム・グラッドウェル
ちょっと立ち止まって第1感というものを本気で考え直してみよう。(…)ささやかな変化かもしれない。しかし、小さな変化が重なれば、きっと世界は変わる。きっと今までよりもすてきな世界になる。綿密で時間のかかる理性的な分析と同じくらいに、瞬間のひらめきには大きな意味がある。このことを認めてこそ、私たちは自分自身を、そして自分の行動をよりよく理解できる。

第1感』マルコム・グラッドウェル、p22、光文社

→なんとなくの瞬間的で感覚的な判断に、今までの経験やまだ知らない志向性が圧縮されている。そんな「適応性無意識」に自覚的であることが、知識社会/情報過多の時代で生き抜くための、新たに必要なリテラシーなのだろう。

Posted by YOSH


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2006 年 2 月 20 日
LETTER [啓蒙する名言]
あたりまえのことに驚ける時代 - 竹村真一
現代は“あたりまえのことに驚ける時代”だと思います。我々の細胞は毎日3,000億も入れ替わり、分子レベルでは決して昨日の私ではない。(…)そんな魔法をあたりまえに行っているのが生命であり、それにあらためて「驚く」だけの知性の解像度を得たのが現代の人類です。「神」という言葉を必要とせずに、そうした次元を日常のなかで生きる可能性。ですから、ネガティブに厭世的に構えている時間がもったいない。
SoulSwitch vol.2「Dimension Shift へススメ」、p3、YAMAHA

→あたりまえのことに驚くときの解像度は、クリシェやステレオタイプを容易に乗り越え、本質を直感的に捉えるために作用する。その透明なまなざしが心動く感動を生み出し、ディメンション・シフトのポジティブな可能性を揚々と切り開くのだろう。

Posted by YOSH


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