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2005 年 6 月 23 日
LETTER [啓蒙する名言]
道有る者は処らず - 老子
みずから是しいとするものは、他人よりきわだってみえることはない。自分でほめるものは、何も成功しない。した仕事を誇りにするものは、長つづきしない。それらのものは『道』の立場からいうと、無用の付着物とよばれる。それらを生物はおそらく嫌い、斥けるだろう。だから、『道』を有する人は、そんなところに長居はしないのだ。
老子』第二十四章、小川環樹訳注、p62、中公文庫

→再び老子より。みずからの前に常に道がひらかれるようにどこかに長居せず、颯爽と世をわたってゆく。その自然な道に居場所を見つけることが、幸せなのかもしれない。いつか定住する場所が見つかるその日まで。

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2005 年 6 月 20 日
LETTER [啓蒙する名言]
有の以て利を為すは、無の以て用を為せばなり - 老子
三十本の輻が、車輪の中心に集まる。その何もない空間に車輪の有用性がある。粘土をこねて、容器をつくる。その何もない空間に容器の有用性がある。戸口や窓の穴をあけて、家をつくる。その何もない空間に家の有用性がある。こうして、何かがあることからもちろん利益を受ける。だか実は、何もないことの有用性が根本には在るのである。
老子』第十一章、小川環樹訳注、p30、中公文庫

→空虚にこそ価値が宿る。老子を師と仰いだ岡倉天心の「茶」の心から、フランク・ロイド・ライトに衝撃せしめた空虚の系譜。実体と有用性を切り離した、行為を誘発する空間としての空虚。青山ブックセンターの店員が「老子はデザインだよ」と言った理由が少しわかった気がする。

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2005 年 6 月 7 日
LETTER [啓蒙する名言]
潜在する『出来映え』をつくる - 深澤直人
詰める作業、エクスキューション(出来映え)が大変だし、大切なんです。エクスキューションというのは、みんなが共有するゴールに到達するプロセスのことですが、それはデザイナーだけじゃなくて、みんなで納得するものですから。だから、僕は自分の個性ではなく、みんなの中に潜在する『出来映え』を必死になって作ってるんです。

広告批評 2005/JUN「深澤直人の仕事」、p106

→誰もが納得する「出来映え」に、「ふつう」という最適解が潜む。それには無理がなく、そつがないのだろう。

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2005 年 6 月 6 日
LETTER [啓蒙する名言]
誰のメッセージを作るのを助けるのか - ルシエンヌ・ロバーツ
ちょっと前まで、NPOの仕事はクリティカルな人がやってたけど、今はマクドナルドのPRをしている人がやったりね。自分は何をやるか、一番効果があるやり方を選ぶ時代というわけ。私にとって最も重要だと思われるのは、誰がメッセージを受け取るのか。誰のメッセージを作るのを助けるのかということ。
Esquire 2005/JUL「闘うグラフィックデザイン」、p84

FIRST THINGS FIRST を仕掛人ルシエンヌ・ロバーツの言葉から。「ロンドンのインディペンデントな雰囲気はソーシャルな意識の蓄積による」という文脈で。

自分がクリエイティビティをもってコミットすべき社会問題は、その人自身のアンテナに強く反応したものだからこそ、豊かなメッセージが生まれてくるはず。「自分のために」が、
「社会のために」ということが理想的なのだろう。

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2005 年 5 月 27 日
LETTER [啓蒙する名言]
経験として刻むだけの体験を日常化する - 福井信蔵
デザイナーは『そこではルールがまったく違うかもしれない』という自己想定問答を日常化すべきである。(…)『ちょっと待てよ。それって悪くないぜ。』と、ミクロにもマクロにも、縦横無尽に多様な状況に意識を馳せること。それには、食べる。聞く。見る。遊ぶ。笑う。泣く。描く。無駄使い。贅沢。旅。読書。鑑賞。そして、洞察。とにかく経験として刻むだけの体験を同時に日常化することだ。
NIKKEI DESIGN、2005/6、p133

→毎日の何気ない体験が、思索の糧となることを自覚し、デザイナーに限らず、あらゆる仕事はlクリエイティブなものなら、何事も(寝るときさえも!)仕事だと思えて尊いとき、経験として刻むだけの体験が日常化された、魂の濃度が濃い、豊かな人生となるだろう。

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2005 年 4 月 28 日
LETTER [啓蒙する名言]
不生不滅不常不断不一不異不去不来 - 龍樹
この世においては、何ものも生ずることなく、何ものも滅することなく、何ものも常住することなく、何ものも断滅することなく、何ものも同一であることなく、何ものも別異であることなく、何ものも去ることなく、何ものも来ることがないという、即ち、そのような戯論の消滅という、めでたい縁起のことわりを説きたもうた仏を、もろもろの説法者のうちで最も勝れた人として、私は敬礼する。

黒崎宏『ウィトゲンシュタインから龍樹へ - 私説『中論』』、p17、哲学書房

→龍樹のブッダへの帰依の宣言から。戯論とは、形而上学的な議論であり、それを否定し、一切は意味的につながっている縁起の世界を、あるがまま受け止めようという龍樹。最初は「?」なんだけど、これが理解できそうなときの、「捉われのない視点」は甚だ気持ちよいもの。世界はいかに縁起に満ちていることか!

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2005 年 4 月 21 日
LETTER [啓蒙する名言]
たどり着くべき地点にはすでにいなければならない - ヴィトゲンシュタイン
私がたどり着きたいと思っている場所が、ハシゴを使わなければ上れないような場所なら、私はたどり着くのをあきらめるだろう。実際たどり着くべき地点には、すでにいなければならないのだから。ハシゴを使わなければ手に入らないものに、私は興味がない。

ヴィトゲンシュタイン『反哲学的断章 - 文化と価値』、p38、青土社

→「たどり着きたいと思っている場所」と「いなければならない場所」が同じとこにあることが、無理なくそれこそ自分らしいスタイルを持つということだろう。己を省み時に潔い決断を。

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2005 年 4 月 20 日
LETTER [啓蒙する名言]
事物のラディカル性 - ジャン・ボードリヤール
ラディカルであることの特性は、何ものかが『現実的』であるかもしれないとか、意味やコンテキストや主体や客体などをもつ何かとみなせるかもしれないなどという考え方に対立している。事物とは、もはやそのようなものではないし、いちばん単純だと思われる事物でさえ、つねに謎めいた側面を持っているが、それが事物のラディカル性というものなのだ。
ジャン・ボードリヤール/ジャン・ヌーヴェル『les objets singuliers-建築と哲学』、p38、鹿島出版会

→急進的/根源的、という両面の意味をもつ「ラディカル」をめぐる、2人のジャンの対談から。ソーシャルネットワーキングなコンテキストの充実をむかえる一方で、改めて意味やコンテキストをこえたところの謎めいた美学が問われてる気がする。ラディカルであるために、キーワードは「セレンディピティ」。

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2005 年 3 月 28 日
LETTER [啓蒙する名言]
美しいモノは命を美しくふるわせる - 川崎和男
IT社会で重要なものは、コンテンツといわれるものではなく、人の生き方のコンテキスト、文脈ではないかと思うんです。もう一度改めて考えるべきことは、誰もが美しいと感じるモノはやはりあるはずで、それをつくり出すのがデザイナーの仕事であって、美しいモノは命を美しくふるわせる力を持つと僕は確信しているんです。

川崎和男、New Paradigm 特集:遠近の浮揚力、p76、NTTデータ

→川崎さんがデザインに勤しむ人工心臓への思いの中で。ARTificial heARTというARTとしての体内のデザインは、ユニバーサルな機能美を体現し、デザインはいよいよ生命も扱う時代に。

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2005 年 3 月 10 日
LETTER [啓蒙する名言]
常識と非常識の境目 - 藤幡正樹
『美しさ』という価値判断は、常識や文化ととても密接なものだけれど、『面白さ』というのは常識ではなく、常識と非常識の境目で常識がぐっと広がる瞬間を指しているのではないか。非常識だとおもっていた事柄が、了解事項の中に入るその瞬間こそが、『面白い』と思うときなのだと思います。
InterCommunication 49、p77、NTT出版

→佐藤雅彦氏との対談の中で。まだ見ぬ面白いものに出会うことは、自分の中の常識が拡充していくからなのだろう。経験的な「リアリティ」は、リテラシーであり、懐の深さでもある。

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2005 年 3 月 4 日
LETTER [啓蒙する名言]
野生のナヴィゲーション
ルートを『辿る』ことと『探る』ことの2つが一体となってその時々の状況に応じて調整する能力こそが、野生のナヴィゲーションの根幹である。(…)多様な環境において異なる見方や理解の仕方から、私たちが見えないもの、聞こえないもの、気づかないものが浮き彫りになってくる。その差の大きさを知ることによって、多様な環境に生きるために保ち続けてきた人間の能力の高さに気づくことができるであろう。

野生のナヴィゲーション』野中健一、p194、古今書院

→海洋上で見えない島をみたてるミクロネシアの人々、経験の伝承によって自然空間を既知化する、イヌイトやサバンナの人々。野生のナヴィゲーションはプリミティブではなく豊かに合理的であり、さまざまな空間認知の分析に応用できるはず。

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2005 年 3 月 3 日
LETTER [啓蒙する名言]
どの実体も一つの宇宙の表現である - ライプニッツ
魂には魂自身の法則がある。体にも、体自身の法則がある。それでいて両者が一致するのは、あらゆる実体のあいだに存在する予定調和のためである。そしてその調和が可能なのは、どの実体も、みなおなじ宇宙の表現にほかならないからである。
『ライプニッツ - モナトロジー、形而上学序説』、p30、中公クラシックス

→小さな一部分でも豊かに宇宙を表現している自信。「あまりに微細で目に見えないもの」に宿る精神的な価値を判別できるリテラシーが問われている。

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2005 年 3 月 1 日
LETTER [啓蒙する名言]
Another World is Possible
開かれた空間のなかで、われわれが『もう一つの世界』を定義するために必要な言葉たちがあらわれるだろう。人類が真に人間的で幸福な生活を生きるために与えられるオルタナティブがますます切り縮められている世界の中では、開放性は、戦略であるとともに目標でもある。

『世界社会フォーラム - 帝国への挑戦』、p23、作品社

→「もうひとつの世界は可能だ!」と宣する世界社会フォーラム(World Social Forum)の論文集の序文から。『もうひとつ世界』の定義をめぐるプロセスは、非常に生き生きとしている。それほどオルタナティブとは真に豊かな選択肢なのだろう。

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2005 年 2 月 9 日
LETTER [啓蒙する名言]
《良い》を定義するのは、それが占める位置である - ロラン・バルト
重要なのは、良い文学と悪い文学という二つの文学のあいだに、社会がみずからある構造的関係を設けているということである。《良い》を定義するのは、まずその倫理的な内容である、ということではなく、書かれた生産物がある体系全体のなかで、それが占める位置なのである。
記号学の冒険』ロラン・バルト、p56、みすず書房

→「文学」をあらゆる物に置き換えてみて、それは主体の「位置」によっても「視点」が変わる、相対的なものだろう。その時、主体を支える器としての、「時代の気分」はどう関わってくるのだろうか。果たしてWhat’s good for you?

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2005 年 2 月 7 日
LETTER [啓蒙する名言]
花鳥風月はマルチメディアである - 松岡正剛
花鳥風月はその背後にいくつものコードを忍ばせたモードによって、日本人が表現世界を維持していくためのシステムでだったという見方です。(…)もっと大胆にいうのなら、花鳥風月は日本人が古来から開発してきた独特のマルチメディア・システムだったということです。
花鳥風月の科学』松岡正剛、p19、中公文庫

→なるほど、花鳥風月は身の回りのささいなことであり、目に見えないさまざまな情報をはこぶ繊細なメディアでもある。ささいなことに臆したり、豊かに感受する心を大切に。

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2005 年 2 月 2 日
LETTER [啓蒙する名言]
Attention is vitality - スーザン・ソンタグ
Do stuff. Be clenched, curious. Not waiting for inspiration’s shove or society’s kiss on your forehead…. Pay attention. It’s all about taking in as much of what’s out there as you can, and not letting the excuses and the dreariness of some of the obligations you’ll soon be incurring narrow your lives. Attention is vitality. It connects you with others. It makes you eager. Stay eager.

訳)何かをすること。反骨的で、好奇心旺盛でいること。インスピレーションがふっと舞い降りるのを待つのではなく、傾注すること。できるかぎり目の前にあるものを取り込むこと。自分に課された何らかの義務のしんどさに負けて、言い訳を許さないこと。傾注することこそ、生きる力なのです。それはあなたと他者とをつなぐものです。それはあなたを生き生きとさせます。いつまでも生き生きとしていてください。

http://www.lynnestewart.org/sontagpoem.html

→彼女の言葉はとても強くて優しい。Attention is vitality を胸に、stay eager 活き活きとあろうと思います。ご冥福をお祈りします。

翻訳参照)
http://oak.way-nifty.com/radical_imagination/2004/12/post_11.html

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2004 年 12 月 28 日
LETTER [啓蒙する名言]
アマチュアによる手作りの学問
『アマチュア』という言葉がありますけれど、これは本来は『素人』という意味ではありません。素人学者というか、つまり専門的な訓練は受けてないんだけれども、好きで学問する人。レヴィ・ストロースいうところの『ブリコラージュ』というのか、がらくたを集めてきて整理するというような、手作りの学問みたいなものをになう人をアマチュアと英語でいいます。
『クラブとサロン - なぜ人びとはつどうのか』 松岡正剛他、p231、NTT出版

→アマチュアが集う場所として成立したゆるいコミュニケーションの場としてのサロンやクラブ。「現代の知識人はアマチュアであるべき」とサイードにならうならば、現代の知識人が集まる素敵なホットスポットが、求められているのかも。

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2004 年 12 月 27 日
LETTER [啓蒙する名言]
自分の言葉を持つ
グラフィティが係わってるのはいわゆる言語なんだよね。なぜなら、メディアが共犯してある言語を通用させちゃうから、みんな自分自身の言語を持てなくなってるだろ。(…)チョムスキーが言ってるけど、もし一つの文化にあるものを表す言葉がなければ、それは表現できないんだぜ。英語よりももっと深い表現をできる言葉がある。それがお前が言葉を持ってるってことだよ。
現代思想 2003/10、p52、青土社

→グラフィティをめぐるオークランドのライターの言葉から。モダニズムの矛盾が生んだ見えざる「もう一つの文化」を可視化するための切迫した手段が、「自分の言葉を持つこと」であり、今ある過渡期においても生き生きとしたヒントに感じる。

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2004 年 12 月 26 日
LETTER [啓蒙する名言]
「引用」は美意識を育む
『引用』『参照』は単なる手続きの問題ではない。それはきわめてスリリングなコミュニケーションの実践だ。だからこそ、引用する/される人は、苦しんだり、怒ったり、笑ったり、嘆いたり、悲しんだり、喜んだりする。『引用』が展開される場・空間の社会をじっくりと読み解きつつ、自らの引用スタイルを確立していくこと。それはある種の美意識を育むことでもある。
『引用学 - リファーする/されることの社会学』、ユリイカ、2004/3、p120、青土社

→「引用」とは誰かの言葉を借りて参照した人へコミットしたことであり、自らの価値観や空間を描きだすことだ。気になる言葉を曼荼羅にならべて、いい感じにリミックスして、自分らしい「萃点」をみつけることが、美(つまりイイモノ)の探求なのかも。

Posted by YOSH


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2004 年 12 月 16 日
LETTER [啓蒙する名言]
真に感じるための秩序 - レヴィ=ストロース
秩序は物の中にあり、作品 - あるいは物 - のうちに見たり聞いたり感じたりできるあの≪はるかに多くのもの≫は秩序を出発点としてはじめてとらえうるのである。『構造主義は、二元論をまったく拒否する。それは感性的なものと知性的なものの緊密な結合である。』とレヴィ=ストロースはいっている。彼が分類するのは、よりよく感じるため、≪真に≫感じるためなのである。
『レヴィ=ストロースの世界』、p8、みすず書房

→「何がよいのか」を「何が真なるものか」と言い換えられるとき、真に感じるために、たくさんのものを知ることは、重要な実践となる。「秩序」と「複雑性」の共存に意識を傾けながら、What’s Good カンファレンス in 香港への気持ちの高まりを感じてます。

Posted by YOSH


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