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2004 年 12 月 9 日
LETTER [啓蒙する名言]
知識人とは何か - E・W・サイード
知識人の表象とは、懐疑的な意識に根ざし、たえず合理的な探求と道徳的判断へと向かう『活動そのもの』である。またそうであるがゆえに、知識人たらんとする個人は、人びとの記憶に刻まれたり、危険な目にあったりするわけである。言葉をいかに効果的に使うかを学ぶこと、言葉を使って介入すべき頃あいを知っていること。これが知識人の行動のふたつのとりわけ重要な特徴である。
知識人とは何か』E・W・サイード、p50、平凡社

→サイードによると、知識人は革新と実験に心をひらく、変化の代表である。それは『インテリ』という独特な語感の復権。

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2004 年 12 月 7 日
LETTER [啓蒙する名言]
スローライフな未来
スローライフな未来は、私たちが多様なコミュニティに属しながら、多様な個人のネットワークによって結ばれる社会になるだろう。各分野で巨大で複雑なメガワールドが、シンプルでスピーディなスモールワールドへと切り替わっていく。小さな自立分散型ネットワークが、場所の生命力や多様性を開き、オーガナイズして行くようになる。
スローライフな未来が見える』、p215、河出書房新社

→スローな未来とは、ナレッジのリンクであり、新しいコミュニケーションのデザインである。第3の選択肢として、とても共鳴できる未来。

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2004 年 12 月 2 日
LETTER [啓蒙する名言]
萃点 - 南方熊楠
自然及び人間世界の森羅万象は、すべて原因結果の連鎖でつながっている。それはしかし、漫然とすべてがすべてに関係がある、ということではない。ある一つの場面をきりとると、そこにはかならず、そのすべての事象が集中する『萃点』があり、その萃点に近いところから、しだいに、近因と遠因とをたどってゆくことができる。
南方熊楠』 鶴見和子、p23、講談社学術文庫

→意識が広げるだけ広がった熊楠にとっての「萃点」は、神社合併に反対することだった。自分にとって、それは何だろう?「萃点」は遠すぎず、ぼく自然な流れの上にあるはず。

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2004 年 12 月 1 日
LETTER [啓蒙する名言]
乗り物みたいなもの - Marok
いつもさまざなテーマに触れていくことを意識しているんだ。その点で、『LODOWN』は僕にとって乗り物みたいなものかも(笑)。乗り物を走らせながらいろいろなものをピックアップし、多くの人に見てもらう。その結果、みんなが何かを感じることができる雑誌が『LODOWN』ではないかと思ってる。
デザインの現場、2004/12月号、p77、BSS

→気鋭のアーティストであり、ベルリンの重要なカルチャー雑誌Lodownのキーパーソン、Maroc(マーロック)のインタビューから。ベースキャンプたる「いい家」と、ムーブメントを動かすいい「乗り物」が、両輪でクリエイティビティを支えるのだろう。

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2004 年 11 月 9 日
LETTER [啓蒙する名言]
ありのままを表現するレトリック
森羅万象のうち、じつは本名をもたないものの方がはるかに多く、辞書に載っている単語を辞書の意味どおりに使っただけでは、たかの知れた自分ひとりの気持ちを正直に記述することすら出来ない、というわかりきった事実を、私たちはいったい、どうして忘れたのだろう。本当は、人を言い負かすためだけでなく、言葉を飾るためでもなく、私たちの認識をできるだけありのままに表現するためにこそレトリックの技術が必要だったのに。
『レトリック感覚』佐藤信夫、P26、講談社学術文庫

→個性あふれる感受性の意外な表現としてのレトリックは、真摯な思いを伝える大切な言葉なのだろう。

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2004 年 11 月 6 日
LETTER [啓蒙する名言]
『いき』 - 九鬼周造
運命によって『諦め』を得た『媚態』が『意気地』の自由に生きるのが『いき』である。人間の運命に対して曇らざる眼を持ち、魂の自由に向って悩ましい憧憬を懐く民族ならずしては媚態をして『いき』の様態を取らしむることはできない。

九鬼周造『「いき」の構造』、p95、岩波文庫

→『諦め』と『媚態』と『意気地』、いきにはまだ程遠い僕ですが、少なくともいきいきと、ありたいところです。

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2004 年 11 月 5 日
LETTER [啓蒙する名言]
美は陰翳のあやにある - 谷崎潤一郎
われわれ東洋人は何でもない所に陰翳を生ぜしめて、美を想像するのである。(…)美は物体にあるのではなく、物体と物体との作り出す陰翳のあや、明暗にあると考える。
谷崎潤一郎『陰翳礼賛』、p48、中公文庫

→何でもない所に美を想像する、東洋人たるクリエイティビティを、忘れずにいたい。

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2004 年 11 月 2 日
LETTER [啓蒙する名言]
リアルになれ!
我々が実存的な自由にたどり着くこを運命づけられているのなら、生き残り、そして成功するたった一つのチャンスは、リアルになることである。(…)自分がなるべき人間にならなければいけない。自分の中に秘められている最高の秘密を、世界に明らかにするとよい。
成功ルールが変わる! - 「カラオケ資本主義」を越えて』、ヨーナス・リッデルソトラレ&シェル・A・ノードストロム、p303、PHP研究所

→リアルになることとは、カミングアウトすることであり、同時に、周囲に正直であること。「成功」って何よ、というところですけど、それはネットワークされたコミュニティで生きるために、とても重要なことだろう。

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2004 年 11 月 1 日
LETTER [啓蒙する名言]
神秘な道をひらく
人間のたましいの底からひらけてくる閉ざされた神秘な道が、科学との協力によってひらかれるとすれば、それは自然の隠された究極の秘密の領域へとわれわれをみちびいてゆくことであろう。
身体論 - 東洋的心身論と現代』、p337、講談社学術文庫

→心身一如として、悦に入るときの高揚感。僕にとってその神秘は、自然美や儀式的、伝承的な美、意匠による美への畏敬による身震い、あるいは、ある場所への呼ばれたような、感動的で瑞々しい感覚だろうか。ひろくその神秘をひらくことで、人生の豊かさを支える哲学にたどりつけそうな感じ。

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2004 年 10 月 29 日
LETTER [啓蒙する名言]
Ex-designer - Marti Guixe
Ex- as a self-status element; this term breaks the current taboo of cultural institutions, solely interested as they are in social questions. As I am often asked if I am no longer working, I respond that I am, but as an ex-designer.

拙訳)Ex- と自分を定義することで、社会的な疑問とされている文化的な慣例のタブーを破ることができる。よく、「もう働いてないんでしょ?」と聞かれるけど、僕はこう答えるようにしてる。「働いてるよ、ex-designerとしてね。」
Libre de contexte, p6, BIRKHAUZER

→ex-という接頭語は「超」と言う意味がある。(完璧と言う意味も)マルティ・ギシェの常識を超えながら、シニカルに馴染むデザインは、ex-という立ち位置から生まれてくる。それは枠組みを取り払った越えた真のオリジナリティ。

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2004 年 10 月 11 日
LETTER [啓蒙する名言]
リアリティにおののく - 原研哉
何かをわかるということは、何かについて定義できたり記述できたりすることではない。むしろ、知っていたはずのものを未知なるものとして、そのリアリティにおののいてみることが、何かをもう少し深く認識することに繋がる。
デザインのデザイン』原研哉、p1、岩波書店

→なんとなくとデフォルメされた世界を、気に留めて見つめると、未知なるものとして、へこんでしまうくらい及ばなくなる。その意思を持った克服こそ、「身になる」という体験なのだろう。

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2004 年 9 月 29 日
LETTER [啓蒙する名言]
美とは恵みである
制作時にどれほどの見通しをもっていても、真に美しい作品を生み出したときには、真っ先に作者がその美にうたれるはずです。人間の持ち分は、設計図を書いてそれを具現化することです。それ以上のことはできません。美は、その仕事に対して与えられる恵みなのです。恵みとして与えられる美は、その仕事が単に設計図を巧みに具現化したというだけでなく、真に『よい』ものであることを示しているのです。
美学への招待』、p210、中公新書

→美は設計図にではなく、具現化した真に美しい作品に恵みとして与えられる。そんな美を、常に感じられるような仕事を、つくり続けたいですね。それが Good Design の Good を知るということ。

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2004 年 9 月 28 日
LETTER [啓蒙する名言]
本質を突く鋭利な言葉
不思議なことに、優れた作り手・思想家は、例外なく物事の本質を突く鋭利な言葉を残しているものだ。
デザインの生態学』、p16、東京書籍

→デザインの教科書『デザインの生態学』から学ぶことは多い。その中で特に感じたのは、理論と実践をパラレルに実行するためには、本質を突く豊かなレトリックを、感性のままに表現し、伝えていくことではないだろうか。

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2004 年 9 月 27 日
LETTER [啓蒙する名言]
デザイナーの基本的な資質 - 福井信蔵
『仮説と仮説を掛け合わせた複数のモデルを想定し、一つの事実を加えるだけで、次に起こることを見定められること。さらに見定めた何かを具体的にカタチにできる能力』これはいま、どの業界でも強く求められている人物像なのだそうだ。間違いなくデザイナーはそれができなければ仕事が来ない。小さなことへのこだわり+深くて広い洞察+無数のアイデア。どうやら以前とは違ったカタチでの『想像力』の使い方が時代のキーとなってきているようだ。
NIKKEI DESIGN、2004/10、p132

→デザイナーが備わっているべき『想像力』は、時代の動きを捉え、ぶれなく社会にインパクトを与えうる資質なのだ。アイデアとセンスがものをいう21世紀型知識社会において、広義のデザイナーは重要な任務を背負ってます。

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2004 年 9 月 22 日
LETTER [啓蒙する名言]
ありそうでないものとジャストアイデアの違い - 深澤直人
ありそうでないもの、と自分のデザインを表現されることは賛辞だと思う。ありそうでなかったということは僕が具現化する前に多くの人が同じような像や感情を持っていた、ということだからです。具現化することは客観的になることですから。その結果、アイデアのことを、より深く理解できる。そのスタンスが、ジャストアイデアとの違いだと思います。
AXIS Vol.111、p57

→ジャストアイデアも、オリジナルというよりも誰もが思いつきそうなこと。そのことに自信を持ち、客観的に掘り下げることで、「ありそうでないもの」という普遍的な価値にたどりつける。う~ん、さすが。

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2004 年 9 月 21 日
LETTER [啓蒙する名言]
フォロアーシップ
大事なことは、チームプレーヤーに徹する事。最高のフォロアーになることだね。リーダーは一人いるんだけど、自分がなるって事はほとんどない。地球では『リーダーシップ』について熱く語る人も多いと思うけどさ、実は『フォロアーシップ』っていうものもあるはずなんだよね。リーダーになる人よりも圧倒的に沢山の人がフォロアーになる。だから、大切な事は、自分の役割をちゃんと理解するという事なんだ。
TOKION No.42、p33

→宇宙飛行士ドン・ペティット氏が、宇宙ステーションに搭乗する人間の資格についての質問にこたえて。宇宙というミスの許されない極限状態でなくとも、ある場所でリーダーな誰かが、必ずどこかではフォロアーな場面がある。もちろん、その逆も。フォロアーシップのもと、誇りと責任を持って仕事に臨むことこそ、プロジェクトを成功に導く優れたリーダーシップにつながるはず。

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2004 年 9 月 17 日
LETTER [啓蒙する名言]
仕事とは、仕える事である - 山尾三省
仕事とは、仕える事と書く。仕事とは仕える事である。何に仕えるのか。社会に、人類の善と平和と喜びに仕えるのである。人類社会の善と平和と喜びに仕えることを通して、自己の生の完成に仕えるのである。自己の生の完成に仕えることを通して、人類社会の全体の完成に仕えることだと言っていいだろう。

聖老人』山尾三省、P73、野草社

→仕事とは、仕える事である。では、何に仕えるのか。個人的に転職のタイミングで屋久島で出会ったこの純粋な問答に、自己の生の動機がすべて集約される。折に触れ、この問いかけを思い出し、スパイラルアップしていこうと思います。

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2004 年 8 月 26 日
LETTER [啓蒙する名言]
スイミー - ちいさな かしこい さかなの はなし

swimy.jpg

ひろい うみの どこかに ちいさな さかなの きょうだいたちが
たのしく くらしてた。
みんな あかいのに、 一ぴきだけは からすがいよりも まっくろ、 
でも およぐのは だれよりも はやかった。 なまえは スイミー。


ところが あるひ おそろしい まぐろが おなか すかせて すごい はやさで、
ミサイルみたいに つっこんで きた。
ひとくちで まぐろは ちいさな あかい さかなたちを、 
一ぴき のこらず のみこんだ。 にげたのは スイミーだけ。


スイミーは およいだ、 くらい うみの そこを。
こわかった、 さびしかった、 とてもかなしかった。


けれど うみには、 すばらしい ものが いっぱい あった。
おもしろい ものを みる たびに スイミーは だんだん げんきを とりもどした。


にじいろの ゼリーのような くらげ……
すいちゅうブルドーザーみたいな いせえび……
みたことのない さかなたち、 みえない いとで ひっぱられてる……
ドロップみたいな いわから はえてる、 こんぶや わかめの はやし……
うなぎ。かおを みる ころには、 しっぽを わすれてるほど ながい……
そして、 かぜに ゆれる ももいろの やしのきみたいな いそぎんちゃく。


そのとき、 いわかげに、 スイミーは みつけた。
スイミーのと そっくりの、 ちいさな さかなの きょうだいたち。
「でて こいよ、 みんなで あそぼう。 おもしろい ものが いっぱいだよ!」
「だめだよ。」 ちいさな あかい さかなたちは こたえた。
「おおきな さかなに、 たべられて しまうよ。」


「だけど、 いつまでも そこに じっと してる わけには いかないよ。
 なんとか かんがえなくちゃ。」


スイミーは かんがえた。 いろいろ かんがえた。 うんと かんがえた。
それから とつぜん スイミーは さけんだ。 「そうだ!」


「みんな いっしょに およぐんだ。
 うみで いちばん おおきな さかなの ふりして!」


スイミーは おしえた。 けっして はなればなれに ならない こと。
みんな もちばを まもる こと。


みんなが 一ぴきの おおきな さかなみたいに およげるように なった とき、
スイミーはいった。 「ぼくが、 めに なろう。」


あさの つめたい みずの なかを、ひるの かがやくひかりの なかを、
みんなは およぎ、 おおきな さかなを おいだした。

レオ=レオニ 訳 谷川俊太郎

→送別会にもらった、コンテンツのメンバーのメッセージが書かれたスイミーの絵本。「ぼくが、 めに なろう。」と、スイミーに、新たなみちを切り開く僕を重ねてみる。ラストのハイライトにしかスイミーの思い出はなかったが、詩人の短く優しい言葉には、僕の門出を心から祝ってくれている暖かさが詰まっている。さすがセンスのよいプレゼントに心からありがとうを!

Posted by YOSH


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2004 年 7 月 30 日
LETTER [啓蒙する名言]
リアリティ・リテラシー
全貌をパッケージ化して可視化・言語化するのが哲学である。現代を生きるものが、複雑な現実をパッケージとしてとらえるためには、現実を形成する多種多様な次元に関する知識と理解が不可欠である。そのようにして形成される<現実を読む目>は、『メディア・リテラシー』ならぬ、『リアリティー・リテラシー』とでも呼べるだろうが、現代の現実を生き抜くための『教養』とはそのようなものでなければならない。
哲学マップ』貫成人、p242、ちくま新書

→現実を理解する方法のバリエーションの豊かさ=リアリティ・リテラシーの高さこそ、洗練と同義の教養なのだろう。感性を磨くための体系である美学、倫理学を包含する哲学は、センスで勝負する時代に必要な真剣に取り組むべき学問だと思う。

Posted by YOSH


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2004 年 7 月 19 日
LETTER [啓蒙する名言]
芸術は自然の本質を見抜く
商品とは、人々にくつろぎをあたえてくれるべきものです。そのくつろぎを追
求していくと、『自然』にいきつきます。『芸術力』とは、その-自然のー本質を見抜こうとする力でもあります。
芸術的商品開発力』日原広一、P19、明日香出版社

→一時コモディティ化してた「アート」の語感がダイナミックに変容している。センスが問われる21世紀において、もっとも必要な素養はアートだと思う。商品開発だけでなく、どんなビジネスモデルにも、その美しい応用は考えられる。

Posted by YOSH


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