→クリエイティブな多元な軸で、東京とは違うオルタナティブな横浜の街づくり。「文化芸術創造都市構想」を推進する横浜市で強力なリーダーシップを発揮する中田市長の言葉から、現代的なリーダーのセンスのよさが読みとれる。リーダーはコミットしたくなる場を用意することが一番大切なのだろう。
→最近東京に「生活」しているのか、ここで「旅」をしているのか、区別が付かない。ストリートでのハプニングによるリアルな体験が、毎日違う街の色を教えてくれる。トラベル・ネイバーフッド。つまりは、人生自体が旅であり、知恵であり、富なのかも。
→非営利であることの意義を理解し、組織側も参加する側も、社会のバランスを保つために巧みにそのサービスを利用する、そんな文化が美しいのだろう。NPO的考え方はトレンドでもなく、資本主義社会と表裏一体のバランス感覚。
→CSRという歴史的に必然なトレンドが企業の主体による市民活動であるならば、企業とNPO、そしてそれに関わる主体としての市民、あらゆる社会のステークホルダーが「もっと素敵なお金のつかいみち」に気づき、ネクストレベルの価値観が根付いてゆくだろう。今は、「責任」の語感が進化している過渡期。
→深澤直人さんのデザイン・パートナーも努めていた元IDEOのデザイナー、サム・ヘクト。柳宗理もアノニマスに無限の機能美を見いだしましたが、無作為の美に気づく豊かな感性を、伸ばしていきたいですね。
→深澤直人さんやトム・ケリーも強調する「人を観察する」ことの大切さ。その説明において、世界に誇るクリエイティブエージェンシーTUGBOATの岡さんだから発せられる、「世界につながる」というレトリックが、とても好き。
→東京っていまどうなの?って聞かれても、東京ってどうもつかみづらくて説明できない。とにかく大きな生活圏、各々駅がそれぞれの色をなし、行く先々で何かが起こりうるハプニングベースの街、東京。だから「噂力」という定義はしっくりきた。そして僕は単に噂の持つダイナミズムが、人間的で好きなだけなんたと。
→言い回しを少し変えるだけで、物事がすーっと前に進んだり、ことば一つ足りないだけで間が悪くなったりする。そういう語感のセンスを身につけたいですね。言葉のTPO。
→ショーペンハウアーによる「笑い」の難解な定義を持ち出すまでもなく、ワンダースのプロダクトように「意外な面白さ」をさらりと自然体で、見つけていきたいですね。それこそクリエイティブなワーク。
→技術の面白さがなくなった時。そんな時が来ることすら思いも及びませんでした。自分はウェブは今後どうなっていくと思うから、今はこれをしている。それを堂々と説明できるくらいは少なくとも。
訳)真言密教の教説は深くて、凡夫には容易に理解しがたい。しかし、それが理解しがたいのは、凡夫が妄想にとらわれているためであって、仏そのものが隠そうとしているわけではない。
→密教は世界を肯定する。自分自身の中に宿る宝に気付けという教え。この考えは時を経て、「エネルギーは変わらず、ノウハウという富は増えるだけなのだ。」というバックミンスター・フラーに通じてますね。平安時代と現代の知識の巨人から学ぶ。
拙訳)あるストリートアートの作品が都市の文脈から切り出され、キャンバスに描かれ、法外な値段が付いてギャラリーで吊されているなら、ストリートアートをヴァンダリズム(破壊活動)にすぎないと思っている人たちも、その作品をアートだと見なすのだろう。ただし、その作品が都市の文脈から切り出されるということは、その過程で何かを失うことを意味する。なぜならば、最後に手を加えたその選ばれた場所、その環境にどう溶け込んでいるかこそクリエイティビティの一面だからだ。
→金額ではない本質的な価値は文脈によって生まれる。時間のコンテクスト、場所のコンテクスト、組織のコンテクスト、あらゆるコンテクストにとって、美しいストーリーがあるものを意識したいですね。
→早く飽きて、次のさらなる高みのステップへ。このサバサバ感はとても好感を感じます。これにサスティナビリティを意識したスキーム作りができるから(あるいはできるスタッフをコーディネートできてるから)トム・フォードはトム・フォードたる所以なんだろうな。最近それにばっかり固執してないか?自問自問。
→初版1974年という、とても先見の明っぷりなパパネックの本から。デザイナーにとって一番大切なのは、もろもろの分野を貫いた(CROSS-DISCIPLINARY)バランス感覚だと僕は信じます。だから何でも勉強になるのだろう。
発想のイメージの中に消化した上で、デザインし、設計することが必要であろう。そして、日常生活にフラクタルの概念を付加することによって、私たちは形を見る目を養い、豊かな造形の発想へつなげるべきだ。つまり、逆転の発想ともいうべきフラクタル的発想によって新しい視覚世界を創造していくのである。
→アースデイのフリマで見つけたフラクタルの本から。フラクタルってこんなに自然にも溶け込んでいるとは知らなかった。日常生活にフラクタルの概念を付加することで、カタチの面白さ、奥深さが見えてくる気がします。
→会社へのアクセスにメリットを感じるオフィス。インハウスであることの意義は『ライフプレイス』としてのオフィスの価値に集約されていくだろう。
もかまわない、というほどの自由感で、やってみなければなりません。これはひじょうに大事なポイントですから、よくこころにとめてください。(…)まずいと思いながら、フッと気がついてみると、今までの自分の知らなかった、なにかひじょうに透明な気分が、そこに定着されているのに気がつくことがあります。これが、芸術の出発点です。
→自由とは自分が無心であること、枠にとらわれないこと。必ず大きな流れと違うことに戸惑いを感じるけど、そこから創造性や独創性がうまれてくるんだ。それにしても「透明な気分」という表現は素敵です。
→文字と語り合うタイポグラフィ。ストレートに味わう感受性でなされたデザインは生き生きと語りだす要因なのだろうな。
→僕はずっと、これをやっていきたい。なぜなら、僕にとって興味のあることは、すべて、これで実現できるから。自分の仕事をつくるってそういうことですよね。
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激することとなる。それが、ひいては、日本の打ち出すモノづくりやそのエッセンスである知識資産の質を高め、構造的な優位性を確立することにつながるだろう。それはとりもなおさず、顧客・社会の価値や価値観の変化に対応するものとなる。
→「アート」の定義は人それぞれですが、最近その言葉がコモディティ化・陳腐化することなく、高い次元で一般化し、応用されてきているように感じます。何かいろんなジャンルのいろんな問題がありますが、それに対する解答は「アートとその副次的ポテンシャル」って気がしてます。つまるところ「それってアートだよね」っていえるかどうか。





