June 08, 2005

2005/05/29 万博2日目 - 長久手会場

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漫画喫茶で夜を明かし、始発で愛・地球博へ向かう。片手には「愛知・窮迫」を危惧する「虚飾の愛知万博」という怪しげなペーパーバックを携えて。原研哉さんの「あったかもしれない万博」はここには無く、大貫卓也さんの構想にあった虫キング的リアルキャラクターは、キッコロとモリゾーというポンキッキ的ポップアイコンに変わってしまった。何から何まで突っ込みどころ満載の、「自然の叡智」を謳う21世紀型万博は、宿命的矛盾を覆い隠すハリボテ空間をどのようにつなぎ合わせているのだろうか、それこそが今回の旅の焦点だ。

いつもの万博八草からは、駅間が近すぎて時速30キロのリニアモーターカーリニモ(しかも激混み)か、バスを利用して長久手会場へ。今日はモリゾーゴンドラは稼動中。梅雨入り前の好転に恵まれた5月最後の週末に、会場前から行列の興奮が伝播してくる。スタッフパスで開場30分前に入場してみると、中では今日の闘いに向けた作戦会議がそこかしこで展開中。




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誰もいない万博を手持ち無沙汰に駆け巡る。ひたすら無人のゴンドラは「21世紀少年」的異空間の風景を伝えていた。そして不安げに門が開く。遠く大勢の足音が段々と近づいてくる戦場。その後グローバルコモン1/アジアのブースに避難しようと駆け込むも、この界隈にはまだ人はまばら。ブースすら電気がついていない。ここらへんで「虚飾の愛知万博」を読みきり、余計な知識を入れ込みながら見渡す史上最多の参加国のブースは、それっぽいハリボテとお土産による観光地的観光空間を演出し、万博で世界旅行という僕たちのささやかな期待にこたえてくれる。大体はそんな感じながら、インド館「菩提樹の下で」展に息を呑む。仏陀が悟りを開いた大らかな樹をモダンに表現するという大それた挑戦は、見るものを引き込む螺旋構造も合間って、美しくデザインされた空間に昇華されていた。やるなぁ、インド。




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続いて足を運んだのはグローバルコモン2/アメリカ大陸。わくわくのアメリカはセグウェイでお出迎え。10分程度の行列ながら、全パビリオンでも唯一、入場時に金属探知機による荷物検査が行われる。ここでは非常事態下のボディチェックもエンターテイメントのレトリックなのだ。中に入ると、「世界新時代への幕開けを告げる最適の人物」としてホスト役に選ばれた不朽の精神の持ち主(そして「100$紙幣」の強烈なイコン)ベンジャミン・フランクリンの像が凛々しくそびえる。片言のスタッフの案内で巨大スクリーンに案内され、映像と共にベンチには振動が走り、水滴が飛びちるその体験は、ディズニファイドされたアトラクションそのものだった。




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世界をつなぐ環状道路、グローバル・ループは全長約2.6km、「バッテリー駆動を採用して環境への負担を軽減している」グローバル・トラムが、そこのけそこのけ人を掻き分けて走っていく。噂の行列のできるコンビニには、やっぱり行列が出来ていた。もうすぐお昼。




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BeGoodのナチュラルフード・カフェを目指し、地球市民村へ向かう。「市民参加」は今回の万博の大きな売りの一つで、NGO/NPOの小さなビレッジが用意されている。ただ、そこに行くには小遊園地を抜けてゆき、凶暴な動物たちの危険をかいくぐっていかなくてはならないのだが。




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ナチュラルフード・カフェは、12時過ぎには席がなくなるくらいの大盛況!ベジタブル・ピザも激ウマ。雑然としたメイン会場から離れて和やかなしばしのチルアウト。パーマカルチャーも実践されているけど、どれくらい一般の方々は気に留めてゆくのだろう?




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竹で編みこまれた甲羅のような長久手日本館、フミヤによる癒しのモニュメント「大地の塔」がある「日本ゾーン」になだれ込む。いずれも数時間待ちという大盛況。「太陽の塔」と決定的に対をなす、直線的で土色の愛・地球博の象徴は、何かが置かれるのをひたすら待つ土台か、あるいは煙の見えない煙突か、青空を鋭利に切り刻むようにそびえる。中の「誰も見たことがない想像を超えた空間」を演出する世界最大の万華鏡は、残念ながら目撃できず。




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そして最大のハイライト(=ああ!いってよかった、万博!の意)、シルヴァン・ドゥビュイソンプロデュースによるフランス館へ。ソーシャル・ビジュアライゼーションの殿堂であり、ソーシャル・インタラクションの立体装置は、社会参加を気持ちよく強要する。躍動感のあるショッキング映像のコラージュ「未来に将来はあるのでしょうか?」は、日本人の知らない世界の現実をつぶさに突きつける。見渡すと、呆然と立ち尽くす人々、そのラディカルな処方箋は、リアルに響いているのだろうか。




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アフリカゾーンの小脇に、いきなりの澤田知子さんが。その後グローバルコモン4/ヨーロッパ小国へ。オランダ、北欧、スイス、ベルギー、リトアニアと、小じんまりながら小洒落たパビリオンが続くストリート。「水」をテーマにしたオランダ館は、床に映し出された水面の映像が流れる。農地を切り裂く水路/ボルダーの線が、モンドリアンまで突然変異を起こすミューテーション・ムーヴィ。




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この時まだ2時過ぎ、それでもなぜかお腹いっぱいで気持ちは家路に向いていた。キッコロゴンドラで望む景色に、未来の廃墟を重ねてみる。人々はそれでも楽しそうだ。満員電車さながらのお土産屋を抜け出し、名古屋駅へ急ぐ。駅前の本屋で内沼君に薦められた『万博と戦争』を購入し、早めた新幹線の発車まで読み込む。

45年の戦争と70年の万博という、狂騒的な勢いの文脈に欠くことのできない、敗戦国としての日本人的パラダイムに戦慄が走る。95年の震災をテレビで見た、身に覚えのないようであるような奥底にある感情。それほどに大阪万博のそれぞれのパビリオンは色濃くエピソードに富み、前衛が大衆に近づいたあの日のイメージ、『日本列島改造論』から今までポリティカルに受け継がれている公共事業型経済イデオロギーへの決定的なターニングポイントを、必死にビジュアライズしていたのだろう。

ならば、「新住事業」(=心中事業?)という20世紀的事業から始まった2005年の愛・地球博は、あらゆる現代の矛盾をビジュアライズする舞台装置といえないだろうか。それは新しい世界の創造のために歴史的に不可欠な、前時代の最後の確認作業。「人生一度は万博だ。」の類まれな響き、全体に漂う空虚感、様々な葛藤とジレンマをこれ見よがしに晒すその太っ腹ぶりは、あまりに逆説的なだけに一見の価値がある。「あったかもしれない万博」という余地すらも、すべてシナリオ通りだったのかもしれない。

逐一つっこみが入る一連の万博体験を、ぜひあなたも、人生一度でいいから味わってみてはいかがでしょうか。一度でいいから。

Posted by YOSH at 04:38 AM    Permalink


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2005/05/28 万博1日目 - 地域通貨サミット

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「人生一度は万博だ。」にのせられて、朝一番の「のぞみ1号」で初・万博へ。目的は瀬戸会場、市民パビリオンで開催される地域通貨サミットアースデイマネーがホストを務めるそのイベントは、岩手のわらび通貨から、高田馬場のアトム通貨、韓国テジョン市のハンパッLETSなど10を超える地域通貨のプレゼンテーションや、LETSの創始者マイケル・リントンさんの講演やパネルディスカッションなどが予定され、意外と情報の乏しい地域通貨の「今」を整理する上で重要な一日である。(公式レポートはコチラ

名古屋駅で「のぞみ一号」を駆け降り、万博八草行きのエキスポシャトルに奇跡的接続。それほど社内は混み合わず、ゆっくりと40分の転寝。ごった返す改札を超えると、リニモへの壮絶な混雑が目に入る。この日は今まで出一番の大入りだったようだ。バスで10分で到着、長久手~瀬戸をつなぐモリゾーゴンドラはトラブルで運転中止ながらも、圧倒的不利な瀬戸会場にも行列ができていた。




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行列を横目に、スタッフパスで入場。会場前の閑散とした瀬戸会場の木の橋を渡ると、右手には黒川紀章/日比野克彦によるコンクリートのモニュメント「天水皿」が空と交信するように佇んでいた。近づく円形コロッセオのような「市民パビリオン」を見やり、何ともいえない万博的な違和感を味わいながら会場の対話劇場に到着。




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前日から入っていたスタッフと合流し、ゲストの誘導や受付の準備を手伝う。「ズバリ、あなたにとって、お金って何ですか?」という究極の問いかけを巡るアンケートにご協力いただくと、好きな地域通貨がもらえたりする。果たしてどれくらいの人が、足を止めてくれるのだろう。



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午前10時、アースデイマネー理事、嵯峨さんの開会宣言でいよいよサミット開幕!第一部は「まもる、はぐくむ身近な環境~地域資源を生かし、地域を元気にするお金」と題して、その地域の特色をうまく地域通貨システムに融合した事例が紹介される。コメンテーターとして表参道のオシャレなゴミ拾い集団(そしてイケメン&イケニョ率高しと専らうわさの) greenbird の代表であり、現役渋谷区議会議員である長谷部健さんが爽やかに登壇。




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最初は三重銀行と提携し、「Jマネー定期」という金融商品を発売している、三重県四日市の「Jマネー」。主婦や料理を学ぶ学生などが一日料理長を務めるワンデイシェフ型コミュニティレストランがネット中継で紹介された。また、岩手県西和賀では、雪かきや古道の整備などを手伝うと、その名も「わらび」という「わらび本位制」地域通貨をゲットできる。そして、アースデイマネーのハッタさん率いるトージバは、「種大豆本位制」だ。他にも、静岡県伊東の「温銭」、流域通貨という広がりを見せる山口県椹野川流域の「フシノ」、クリエイターがイニシアチヴをとる和歌山市の「ちゃら」などが紹介され、長谷部さんが「地域通貨は知恵が勝負!」と指摘したとおり、まさに地域の通貨をメディアに、豊かなローカリティを感じることが出来た。




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東大大学院教授、丸山真人さんのビデオメッセージの合間に、急ピッチでランチ。団体客のおばちゃんたちやら市民パビリオンに出演した方々やら舞台裏は、入り乱れたカオティックな和気藹々。午後からの第ニ部のテーマは「地域通貨で気持ちを交流~人と人の架け橋になるお金」。海を越えて韓国テジョン市から地域通貨がコミュニティを育て上げた「ハンパッLETS」の羨むほどの成功例や、高田馬場の手塚プロ公認の鉄腕「アトム通貨」(紙幣がそそる!)、「しあわせ」のたまっていく様子がわかる「しあわせ交換券ハピー」、「お願いね」と「できますよ」をつなぐ「千姫プロジェクト」などが紹介される。そこには、法定通貨にはできない、温かくてオルタナティブなお金の流れがあり、コミュニティのコミュニケーションを地域通貨が支えていた。




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全国の様々な取り組みが紹介が終わり、いよいよアースデイマネーの理論的支柱でもあるマイケル・リントンさんが登場!第三部は「地域通貨プラットフォームの未来像」と題したパネルディスカッション。「Eメールを想像して欲しい。それはほんの10年前までは身近でなかったもの。われわれは近いうちに、Eメールアドレスを持つようにマネーアドレスを持ち、メーリングリストをつくるように、地域通貨をつくるだろう。」と確実な未来を描いた。それを可能にするのがQ-PROJECTCCSP.JPなどのオンライン地域通貨システム。ルームメイツで、サークル内で、普通にオルタナティブ通貨が流通する日もそう遠くない?




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その頃受付では、通りがかりの子供たちからお年寄りまで、賑わいを見せていた。アンケート用紙が所狭しと張り出されたボードはとてもカラフルで、内容も非常にユニーク。それでも「お金とは、生きていくために大切なもの」という意見が圧倒的だったのは、考えさせられた。「世の中がよくなるような、お金の稼ぎ方も重要だなぁと思います。」




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地域通貨どっぷりの亦とない一日は、いよいよ第四部「国民運動と地域通貨」へ。マイケル・リントンさん、北大の西部教授、あの頃の『広告』の編集長であり打ち水大作戦を指揮する池田さん、エコマネー加藤さんなど、地域通貨のキーパーソンが勢ぞろい。




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締めくくりは、嵯峨さんから「各自クリエイティブに奮闘することをここに宣言します。」と「Change Your Money 宣言」が高らかと。毎年5/28を、お金について考え、実践するようにしようと呼びかけて、人々が手とり、つなぎながら地域通貨サミット@万博は無事に幕をおろした。

控え室では各地のスピーカーが集い、コラボレーティブな話に及んでいる。こうやって点々としていた地域通貨が一同に集まって面をなしたこと、この意義はとてつもなく大きいだろう。もはやコミュニティ・カレンシー=「地域」の通貨という語義的な矛盾を超えた、オルタナティブ通貨を介した国民運動という、次のステップへと差し掛かっている。それほど、今日の一連のプレセンテーションには、今までに無い成果が着実に生まれてきている気がした。

とはいえ第四部での「地域通貨はオタクがやっているような、あまり関係の無い人には広がっていないのではないか。」という客観的な現状認識は、あながち間違っていないだろう。また、地域通貨論争でしばしば起こりがちな考え方の違いは、ここでもやはり少なからず露呈した。それでもリントンさんが「日本人は考えすぎる。時間が無い。ただ実践あるのみ。」とぶった斬ったこの瞬間から、晴れて次の局面へと進んでゆけるのではないだろうか。「お金を変える日宣言」はきっかけにすぎない、ただ実践あるのみなのだ。

Posted by YOSH at 02:38 AM    Permalink


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May 08, 2005

2005/04/15 ニューヨーク 最終日 - ニューアーク ~ 成田

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朝6:00起床、顔を洗い帽子をかぶる。Heavyw8のTシャツの上にWKのジャケットでいざ帰国。帰りの飛行機はあっという間、オトコ二人組みだからって狙いをつけられたかバゲッジクレームでちょこざいな犬に何度となく嗅がれようと、何とはなしに無事日本に入国。空港で栗田くんとがっちり握手をして、ウトウトと東京の日常へと戻る。

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あれから1カ月後という遅れた日記のアップデート。かつてないインプットを重ねた旅の反動は、時差ぼけから回復した今となっても漠然と続いている。インプットによる創造は、自分がどうありたいかという本質的な問いかけを鋭く突きつけ、それに受け答えるべく自己認識の深化が進んでいるのがわかる。興味の対象は、こうして少しずつダイナミックに広がり続ける。

気付かされたのは、ニューヨークと東京はアメリカと日本の関係を表すように通じているということ。孕んでいる矛盾や大衆を扇動するイデオロギーが、どことなく似かよってる。錯乱するニューヨークは、更なるジェントリフィケーションを進めるが、それに対してマルチチュードも何らかの形で声なき声を叫び続けるだろう。そこに影はなくとも、それに耳を傾けなくてはならない。

そして今、目の前には錯乱の東京が広がっている。と同時に、東京を面白く変えていこうとする心地よい声も聞こえてくる。強く暖かいその声を颯爽と拾い集めながら、まだしばしトーキョーをガフっていこうかなと思ってます。

栗田くん、誘ってくれて改めてありがとう。いろいろ話せてホントによかったです。
そして出逢ったすべての方々に、感謝を。

PS
2年後の自分へ。
その時はアムステルダムへ。

Posted by YOSH at 07:27 PM    Permalink


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2005/04/14 ニューヨーク 3日目 - Chelsea ~ Lower East Side ~ Bedford ~ Meat Packing District

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8:00起床、朝マックをしてアパートから歩いて Chelsea へ。W24stのギャラリー街には、GAGOSIAN GALLERYMARY BOONE GALLERYなど、倉庫を改造した天井が高いハイソなギャラリーが立ち並ぶ。それでも点々と自動車工場も紛れ込んだ多目的なストリートは、外は雑然と、中はホワイトの閉じられた異空間という大いなるアートの装置に加担していた。GAGOSIAN GALLERYでは、ダミアン・ハーストの「THE ELUSIVE TRUTH」展。「映りこみ」の美学とも言うべき、写真と見まごう圧倒的写実力はその被写体を現実から引き離し、「とらえどころのない真実」を浮かび上がらせていた、、なんて言ってみた。




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他にもSTELLAN HOLM GALLERYTILL GERHARDの「DAS WIR GEFUHL」展が目を引いた。美しく幻想的な世界をグラフィティのような手法で、優しくそして力強く彩られた絵画を前に、美術的な体験として呆然と立ちすくむしかなかった。扱う作家やテーマはもちろん、それぞれのギャラリーのオフィスのポリシー(例えば書類の整理の仕方など)も、エレガンスだったりフレンドリーだったり多様で飽きさせなかったが、W24やパリのルイズ・ヴァイスのような、ストリート単位でのアートシーンの盛り上がりは、ストリートが入り組んだり分断されている東京では、どうしても難しいのだろうか。




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Chelseaから東、スケッチブックを求めて世界堂のような文房具屋SAM FLAXまで足を運ぶ。中々よいのが無かったけど、ペンやら何やらいろいろと子供のように買い込む。途中ハードコアなグラフィティトラックに鉢合わせ。あれは、ライターにお願いしたものなのかそれとも?




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再び Lower East SIde に上陸。WK INTERACTを扱うSTUDIO101へ。Tシャツ、ジャケットなどの服から、小物を扱う店内にはWKのペイントが所狭しと覆われ極上のモノトーン。驚いたことにディスカウントまでしてくれた気さくな店員がWKその人。憧れの人がこんな近くに!




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WKの作品が描かれたシャッターの下には、普通におっさんが日常として座っている。このアートとストリート、クリエイティビティと生活の自然な融合が、何ともニューヨークらしいというかかっこよいわけで。




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再度立ち寄る reed spaceHeavyweight のTシャツとMadeマガジン(存在感のあるゴールデンな製本のアートマガジン)を購入。店員をしてたstapleのアンドリュー君と談笑、TokyoArtBeatフライヤーをここにも。




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そして再び乗り込むBedford。今日お会いさせていただくのは世界の Graphic Havoc !! Prefuse73Triple 5 Soulをはじめ、言わずもがなのうっとりするグラフィックを生み出すブルックリンの震央!今日も快晴、遠めにマンハッタンが霞みながら、住所どおりの巨大な倉庫街へ、いざ。気付けばMATZUさんのおうちと劇近し。




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表札でその名を見るにつけ、興奮がやまない。倉庫の3階の広い空間には、4人の個性が凌ぎをけずるスタジオ、プリンタはエプソン。特に背が高く細身の Derek は、TOMOYA SAITOギャラリーでの「Derek Lerner Exhibition」で感動したこともあって(作品を買っておけばよかったという後悔もあって)、感慨も一入!大漁のステッカーのほかCDとかを頂いた。これもインタビュー(っていうか雑談)はCBCにアップ予定。




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作風が違えど常にクオリティの高いヴィジュアルをリリースし続ける4人のハーモニー。話し方も持ってる雰囲気もまったく違うのだけど、そのスタイルを高い次元で信頼しあうで生まれるグルーヴ感こそが、彼らのパワーの秘密なんだろうなと、妙に納得した。GHもMATZUさんも暮らすブルックリンという街の魅力、そんなブルックリンのアーティストを集めた作品集 718:brooklyn new style を購入。その冒頭にはかくありき。「ブルックリンに来てくれ、そうすればわかる。」




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明日早朝には帰国、ニューヨーク最後の一組は Design is Kinky の Semi-Permanent 2004 Bookで表紙を飾った LIFELONG FRIENDSHIP SOCIETY。日本人のカオリさんが属する映像も手がける4人組みのデザインユニット。ユニット名がかなり素敵だけど、その雰囲気は家のような居心地のよいチェルシのオフィスにも表れ、ベンチでまったりとインタビュー。ここでもメンバー4人の個性が光っていた。カオリさんもレイさんやMATZUさん同様、ふるいにかけられてサヴァイヴしているという強さを秘めていて印象的。それでも「髪を切ってもらうとか、そういうのは日本人の方がいいかな。」と言っていたが、それには何となく頷いたのだった。




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NY最後の夜は、Florent @ Meat Packing District、 憧れのソーシャル・クリエーター、ティボ・カルマンのデザインによる庶民的な24時間ダイナーは、エロスなピンクの店内に溢れんばかりの人々。メニューからして可愛いく、さらにチキンサンドが絶品!サイドメニューも文句なしで縁もたけなわ。張りもすっかり切れて久々のアルコールを片手に、「グラハヴォに会っちまった!ヤバくね!!」と興奮の最後の夜を、そしてデザインに溢れた旅を締めくくる。

戻って荷づくりをし、寝付けないのでNYにまつわるグラフィティの論文を読み返したり、ウィトゲンシュタインを読んだりこうやっていつのまにか夜も更ける。

明日は6:30にアパートを出発し、いよいよ日本へ帰国。
バゲージは溢れんばかりにパンパンだ。

2005/04/15 ニューヨーク 最終日 - ニューアーク ~ 成田

Posted by YOSH at 05:01 PM    Permalink


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2005/04/13 ニューヨーク 2日目 - Queens ~ SOHO ~ Bedford

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朝8:00起床、友達と一緒にクィーンズからSubway。デリでコーヒーを二つ買って僕にひとつくれたその姿は優しさと凛々しさに満ちて、ホントに背の低いその子がとんでもなく頼もしく、とてもグっときた。某経済番組のNY情報のディレクタという、大学時代からは思いも及ばない華麗な(そして大変な)仕事のため、次なる企画を考えながら59stで降りていった。




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なんとも豊かな朝帰り、何だか惜しいと散歩にでかける。向かったのは都会派なブライアント・パーク。キレイに整いすぎているこの公園は、ニューヨークでも有数の監視システムが敷かれているという。その公園を見下ろすように、ウェブ・ブランディングの際立つ Bryant Park Hotel がそびえる。フロントまで入れてもらったが、D・チッパーフィールドによるミニマムで上質なスペースは、エロテッィクな期待感が溢れて出ている感じ。その後、コルビュジエ、ハリソン、ニーマイヤーのうち「いったい誰が作ったの?」とCASA BRUTUSで煽られた国連本部ビルを、外野から眺めたり。




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栗田くんと合流し、SOHOへ。2時にTRONIC STUDIOレイさんと待ち合わせ、その前に本屋でBlack Clock(デザインの行き届いたリテラリ・マガジン)、foam(アムステルダム発、コンセプチュアル・フォト・マガジン。)、 BIDOUN(ニューヨーク発、中東のカルチャー誌)などを購入。特にBIDOUNはエディトリアルデザインが秀逸、「イランのひげと政治」とかコンテンツも充実。ロンドン、フランクフルトなどの情報と、アンマン、テヘランからの情報が同列という新鮮味。ZAKKAでも、最新のARKITIPBOOK(アイルランドとブルックリン、36週にわたり世界を駆け巡ったスケッチブック)を買い込むと、既に鞄が大変なことに。ZAKKAにはTokyoArtBeatのフライヤーを置かせてもらった。ちなみに『錯乱のニューヨーク』のゴーストライターたるレム・コールハースによるPRADA NY店のショッピング体験は、観覧者としての自分にはあまりリアルじゃなかった。試着してないし。。




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レイさんは普段は広告代理店AKQAのGlobal Creative Director として働いていて、TRONICはサイドプロジェクトという華麗な身のこなし。SOHOに出来たばかりのAKQAの新オフィスは広く開放的なワークプレースで、曰く屋上も使い放題という、羨ましいというか相応しい至高のクリエイティブ環境。近くのレストランで様々な話を伺いながら、確かなキャリアに裏打ちされた自然と伝わるデキる大人のダンディズム。お話の内容はいずれCBCにアップ予定です。




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5時に、ニューヨークで活躍する日本人ペインターMATZUさんにお会いするため、Brooklynを貫くL線でBedford Aveへ。摩天楼を遠くに望むこの界隈は、「1km四方にFUTURAKAWSたちが普通に住んでるよ。」とMATSUさん。マンハッタンの外側は、空が高く淀みのない居心地のよさを発揮し、ここだったら暮らしてみたいとホントに思わせるほどニューヨーク(≒マンハッタニズム)へのネガティブな印象は一気に消え去ったのだった。途中のTriple Crown Barでは、SHING02もライヴをしたBedfordの溜まり場、近日中にMATZUさんが外壁にペイントするとのこと。




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MATZUさんのアトリエを兼ねた自宅に案内していただき、そこかしこから出てくるお宝に目を奪われる。「これはあいつがくれたもの、これはあいつが書いてくれたな。」と、コミュニティの誇りに満ちたピースな雰囲気が伝わってくる。ビール片手に「デザインへの愛が、あるか」みたいな話で盛り上がったり、一緒にDELTABANKSYのサイトを見て「やっべ~、これ!」と叫んだり、至福のひととき。こちらもCBCにアップ予定。




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MATZUさんの作品は多層の色とオブジェが重なりながら、それでいてぱっきりと優しくそのオブジェが見えてくる感じで、思わず「どの瞬間に作品が『完成した』と思いますか?」と訊ねてしまった。「うーん。。『あ、今出来た』っていう直感かなー。」とさらりと答えていただいたけど、それは当たり前のようにそういうものなのだろう。

取材を終えたCBCクルーは、高揚と帰り道もデザインについて語りとおしていた。偶然にも飛騨高山に縁のあるお二人、今や巡ってニューヨークで活躍する日本人の芯から感じる力強さが、心に残った。

いい疲れが残ったまま就寝。また明日。

2005/04/14 ニューヨーク 3日目 - Chelsea ~ Lower East Side ~ Bedford ~ Meat Packing District

Posted by YOSH at 02:58 PM    Permalink


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2005/04/12 ニューヨーク 1日目 - Times Square ~ Lower Manhattan ~ Lower East Side ~ Queens

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6:00起床、空港までタクシーで。12:00にニューアークに到着。NJトランジットでペン駅へ、EXITから望む初めてのマンハッタン、その第一印象は喧騒そのもの。東京に勝るとも劣らない、雑多なレイヤード。宿泊先のアパートメントホテルのある、36stの西側9aveと10aveの間まで、そんなアーバンスケープをスーツケースでごろごろと。12aveがハドソン川沿いなのでここまでくると喧騒から離れる。ガイドブックによると夜は10aveより西は治安が悪いらしいが、昼間はそんなでもない。アパートメントホテルは、黄色とオレンジのポップな壁紙で、炊飯ジャーや食器も一揃い、生活感漂うマンハッタン・アーバンライフ。今日は取材のアポイントもなく、夜から大学時代の友人と遊ぶ約束だけなので、それまでタイムズスクウェア、グラウンドゼロ、バッテリーパークを目指すことに。荷物を置き、軽やかに街へ出ると、錯乱のウェスティンホテルが目に入る。秩序あるグリッドに、錯綜するポストモダニズムの断片。




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ニューヨークのひとつの象徴であり、マンハッタンを照らす光源であるタイムズ・スクウェア。四方取り囲む規格外の大型ビジョンからは絶え間なく膨大な情報が流れ、バーチャル・リアリティの中で時を止められた錯覚に陥る。ブロードウェイと42stが交わったその瞬間から、オートマティックに多様なニューヨーカーの有機的断面を表象し、故にジェントリフィケーション(高所得層による都心再定住=低所得層への抑圧)の壮絶な舞台をも体現したその一角には、刹那にニューヨークと同化する観光客のためのエンターテイメントが成立していて、まるで東京ディスニーランドにいるような、「これってリアルな街じゃないよな」的ギャップを感じてなんとも居心地が悪い。文字通り様々な歴史を重ねたタイムズ・スクウェアにおける、公共空間としての機能の歴史的変遷は、ニューヨークから帰ってきて発売された現代思想2005年5月号「公共性を問う」に詳しい。




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いよいよグラウンドゼロに向かうため、「Subway」へ。Style Warsから早、という年月とともに、落書きのないキレイな表面。それでも暗い感じがするのは、この都市をつなぐ地下空間が写真も迂闊に撮ってはいけない程の目にみえない規律に保たれているからなのだろうか。(それは後で知ったことなのだけど。)社内には「SCRATCHITI(スクラッチティ)」と呼ばれるガラスをこするグラフィティが。時間がかかるリスクがありながら、クリエイティビティの発揮しにくいその無理のある手法は、逆に荒々しい粗野な対抗の痕跡として胸に刻まれる。




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そして、たどり着いたグラウンド・ゼロ。911以来の戦場の最前線さながら!?と思い描こうとした魂胆とは裏腹に、あの日、テレビで呆然と釘付けになった「出来事の記憶」はどこかに追いやられて、目の前に広がる工事現場としての無の空間に、震えや感慨が一切無い事実に打ちのめされる。作られた十字架のモニュメントで記念写真を撮る人々、あの日あの時この場所であの出来事にでくわしていないのなら、僕らはいつまでも傍観者としていることしかできないのだろうか。この先ここにできる何か新しいものは、この事実を更なる上乗りで越えようとしているけど、むしろこの「無」の経験を育むことが、感情のリ・セットとしてのパラダイムシフトに貢献するように思える。(結果的にこのまま何年も放置される可能性もあるみたい。それはそれで来るべき文化的空洞化の宿命なのかも。)

もはや最前線は、ここではないのだ。




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その後自由の女神を望むバッテリー・パークへ。あくせくとした観光シーズン、野良リスが蔓延る公園のベンチ、歩き疲れてチルアウト。イタリア人のアメリゴ・ベスプッチに由来するアメリカという国の名前、オランダ人がデザインしたニューアムステルダムから始まるニューヨークの歴史、アメリカ建国100周年にフランスから贈られた「自由」の女神、何て思いが交錯する。今のUnited States としての国家のアイデンティティが "Diversity" であるという抱えるパラドックスはいかにも根深そうだ。




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時間もあるので Lower East Side まで宛てのないハングアウト。所々で切り出す「都市のテクスチャー」、ニューヨークにおけるそれが、僕にとってはどうしてもグラフィティだった。市庁舎の荘厳な建築を過ぎると、漢字が英語に勝るチャイナタウン、そしてリトル・イタリーへと街のタイポグラフィがブロックごとに様変わるのだが、その劇的なアーバンスケープの変貌にグラフィティはしっくりと溶け込んでいた。「マルチチュードの表現」としてのグラフィティが関わるものが言語ならば、確かに英語より深い「もう一つの文化」を生き生きと物語る、声なき声なのだった。




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Lower East Side は馴染みの supreme や、エログロカルチャ誌 Vice のショップがあり、WK INTERACTの作品にストリートを歩けばあたる、重要なカルチャースポット。それでも対ジェントリフィケーション闘争はここでも起こっていて、ストリート系ギャラリー reed space がかろうじて残る Orchard stでも、シーンを牽引した alife SEVEN は立ち退き、もの寂しさの残る街並みになっていた。右の写真はni9eの「グラフィティ・アナリシス」で登場したhellのボミング。あちらこちらに。




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タクシーでアパートメントホテルに戻り、夜から友人と再会!ボーイフレンドのユダヤ人アビーの車で夜のマンハッタンを縦横無尽。カーペットクリーナーの仕事道具が占領する後部座席の切迫感がリアル。掃除機越しに4年振りの積もる話は尽きない。ハンバーガーをトライベッカで食べた後、栗田君とバイバイしてクィーンズのおうちへ。美しいクィーンズ・ブリッジからの光景を過ぎたどり着いた開放的な2LDKは、映画で観るようなグッド・アトモスフィア。朝までお互いの近況、仕事観、価値観、場所は違えどシンクロするGENERATION Y

こうしてニューヨークにすんなりとオリエンテーション。
明日からいよいよ取材がスタート、ドキドキ。

2005/04/13 ニューヨーク 2日目 - Queens ~ SOHO ~ Bedford

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2005/04/11 トロント4日目 - FITC

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いよいよFITCも最終日、アオイケさんyugoさんが登場。会場まで初めて地下鉄を利用して会場へ。最後までよい天気に恵まれ、外を歩くのが清々しい。やっと落ち着いて街並みを見れる心の余裕。ある芸術家がニューヨークに疲れて移ってきたやら何やら、帰ってきてから様々なテクストでやたら目に付く「トロント」という空間にいくばくか呼ばれた感覚になったのもこの頃。とはいえ、明日早くにはニューヨークへ移動という強行軍。




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いよいよアオイケさんのセッションがスタート。全て英語。CATMANペレストロイカからソクラテスシリーズまで、時に知的、時におバカな洗練されたウィットネスに魅入る。LIMITED(=効率よく楽する?)というプレゼンながら、アウトプットの作りこみはこの上なくハンパないのだった。

そして、大トリyugoさんのセッションでは、「ロジックのコンテクストを、シフトしよう」という提案とともに、「特定の活動に対して、特定の適した Form を与える。 人から聞いた言葉だけど、"Form giver" でありたいという感じかな。」という言葉がとても印象的だった。「フォーム・ギヴァー」とは敬愛するsuperfamousのtitleタグにも見受けられる、どうやら建築におけるル・コルビジュエに向けられた「形態の魔術師」のような意味合いだったり、空間デザインにおける「アフォーダンスを与える主体」に近い概念のようだけど、そこに徹しているからこそ用意された新しいロジックに紡がれた Form は、華麗なアフォーダンスを帯びてわれわれを魅了するのだろう。フラッシュの方向性を結果的に進化させた張本人として、クリエイティブ・フロンティアに立ち向かうその姿はマイペースながら凛々しく、「オレもやってやらぁー。」と刺激される Good なものなのでした。その場で宣伝していた「自社サービスプロジェクト」の2ヶ月以内リリースがホントに待ち遠しい。




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カンファレンスも無事終了し、怒涛のインプットの連続に反芻する余裕も無いまま、夜から “ActionScriptの神”コリン・ムークのおうちでホームパーティという幸福。WEFAILTシャツを身にまとい出迎えてくれた小柄なコリン。驚いたのは部屋の一面に飾られた色鮮やかな絵画!ジョシュア・デイビスもそうだけど、際立つ審美観から生み出されるプログラミングだからこそ、美しいアプリケーション体験が生み出されているのだろう。ここでもさまざまなクリエーターが交錯し、名残惜しいピースな夜が過ぎてゆく。

こうしてFITCを巡る濃密な3日間は幕を下ろしたが、グラフィックデザインやビジネスモデル、マルチメディアユースにいたるまで議題は非常に多元的だったといえる。それはフラッシュというひとつのクリエイティブ・ツールが、その可能性と魅力で各分野のいろいろな才能を惹きつけるプラットフォームへと進化してきた証だろう。3日間のうちに幾重にも重なったインプットは、ウェブクリエイティビティに関わるものそれぞれにとって、「ウェブのその先」を描くための示唆に富むヒントとなったにちがいない。(以上SHIFTよりコピペ)晴れて、僕にとっても、そう。

「カンファレンスの機能って何だろう?」と前のWhat's Good Conference @ 香港にまつわるセミナーで戸惑った記憶があるけども、今回は自称日本をレペゼンするメディアとして=(コミットする側)としてFITCに関わって、その「移動と集合」、それ自体に孕むクリエイティビティの有機的な連鎖が至るところで創発される場なのだとリアルに理解できた。「今々、おれおれこうゆうことやたいわけさ」と嬉々と語るスピーカーたち、才能溢れるクリエーターが交わるそこかしこで広がるデザイン談義は、どうしても聞き耳を立ててしまうのだけど、ここではそれは決してオーディエンスからは遠い声ではない。

とはいえ、憧れのヒーローたちと直に相まみえ興奮するも、自分との歴然とした“差”を感じてしまう挫折にも似た感覚、加えて拙い英語で自分の思いを十二分には伝えきれないまどろっこしい悔しさ、それらを否応なく突きつけられた「集合する場」としてのカンファレンス体験を振り返る。当時の日記を今読み返しても、その焦燥はじんわりと伝わってくる。それでも一気に体系が見晴らせたこと、そうはいっても彼らと案外近いところにいること、そしてウェブ・クリエイティビティの向いている方向に、自分たちもシンクロしていることを確認し、今となっては発起する。yugoさんの言ってたことが少しずつリアルになり、誰しも「これからが面白くなる。」と口を揃える2005年4月。強烈なインプットはしばし自分を凹ませるが、その未知なる凹みとの闘いこそ成長の証なのだった。

ありがとうトロント!そして、明日からは錯乱するニューヨーク。

2005/04/12 ニューヨーク 1日目 - Times Square ~ Lower Manhattan ~ Lower East Side ~ Queens

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May 07, 2005

2005/04/10 トロント3日目 - FITC

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FITC2日目も朝から精力的に動き回る。SHIFTでは取り上げきれないほど、名だたる面々による思い思いのプレゼンテーションの連続。その空間は表現者としての個性的なクリエイティビティが凝縮されていて、オーディエンスとの対話の本気度が伺えるところだった。例えば、エログロの極みを魅せるフォトアーティスト Margot Quan Knight のプレゼンテーションは、期待通りの差し迫るサブリミナル的シークェンス・コラージュ。それでいてロジカルなのが不思議。

GAFFLING TOKYO 的に大きな収穫だったのが、ICOGRADA会長、ロバート・L・ピーターズのセッション「Future by Design」。「現状」を告発するフォトグラフィやAdbusters的カルチャージャミングなビジュアルと、マーク・トウェインからマーシャル・マクルーハンまでデザインから文化思想に至る壮大なフレーズを、ひとつの文脈でマッピングする曼荼羅的プレゼンテーション。(そのシート、彼のご好意で自由に配布可能、こちら(1.77MB / PDF)から是非とも右クリックから「対象をファイルに保存」でダウンロード!)Creators' Social Responsibility を改めて問い直す内容もさることながら、それに傾聴し、拍手喝采を送るオーディエンスの意識の高さに、胸を打たれる。

翌日に直接に話せる機会があったが、その時は日本の社会問題に関わるクリエイティブの現状を少し憂いながらも(2003年VISUALOGUE@名古屋にも来日している)、少しずつよい方向に変わってきていることを共有できたのが大きい。たまたま休憩時間に、WWFTのマイク・チーナとNPOのためのクリエイビティについて熱く(拙く)語ったが、もはや海外では社会問題が身の回りの日常になっていて、クリエイティブなコミットメントも当たり前の感覚になってきている。それでもぶちあたってしまうジレンマとそれを乗り越える方法などについては、今もマイクとメールで交換中。後々、「ソーシャル・クリエーターの時代(仮)」としてまとめてアップできたら。




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続いて presstube のジェームス・パターソンのプレゼンテーションは、時差ぼけの眠さを吹き飛ばすみなぎる笑い。「スモールなアイデアが集まると面白くなるんだよねー」と彼は言うが、その組み合わせの妙は彼にしか見えていないセンスだろう。大盛況のデビッド・カーソンのセッションが終了し、この日のパーティはFLUX@REPUBLIK。さながらFITCのスピーカー同士のサロン的寸評会。

ここまでの道すがら、タクシーの運転手(偶然、日本人ドライバ)の方から「関東で大きな地震があったみたいだよ。」と伝え聞き、社内の空気がよどむ。各方面に連絡し、大したものではないことを確認し安心するも、時事的に笑えなく後味悪い。その後ムッチリセクシー系フーターズyugoさんたちと乾杯。こんななかなかあり得ない幸せな状況に、高揚とまどろんでいい気分。

今日もタクシーで帰宅、気持ちよくバタンキュ。
そして明日も朝から!

2005/04/11 トロント4日目 - FITC

Posted by YOSH at 05:56 AM    Permalink


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2005/04/09 トロント2日目 - FITC

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いよいよ今日からスタートのFITC!ちなみにFITCとは Flash in the Can の略。in the can とは「ほやほや」くらいの意味なのかな?今年は頭文字だけでFITC。今年で4回目を向かえ、スペインのOFFF、アメリカのFlashForwardと並ぶFlash祭典の最高峰。

衝撃を受けたサイトをつくった人たちとあい見えるという光悦。昨年のレジェンドWE FAILや、類まれに奥深いクリエイティビティを提供するgroup94とかがいないのが意外だけど、9日、マルコスOculart(ひと目惚れ突き放し系) → ni9e.com(デジタル系ストリートボンバ) 、10日、Tom Muller (from 「憧れの」 kleber) → Robert.L.Peters (ICOGRADAの長にして、もはやソーシャルクリエーターのイコン) → presstube (手づくり系1コマのゆるゆるデストラクティブアニメーション・フリースタイラ) 、11日は、青池さん・ダ・リミテッド → ジョシュア・デイビス(何たる感動的威圧感!) → 中村勇吾さん(洗練された脱・ロジカルのフロントランナー)と、ラインナップに食傷気味の満足度。結構時間がかぶらないけど、コンプリートできるのか?頭の回転が追いつくのか?ちと、テクニカルな方々は存じ上げないので、そっちもがんばらないといけないのか??壇上に上がる蒼々たるクリエイティブ・エグゼクティブたち、圧倒されることなく五感をフルに立ち向かう極めて「対等な」オーディエンスとのトーク・ジャム・セッション!そのありあまる充実ぶりはShiftのレポートを要チェック!

トロント、オンタリオ湖に面するウェスティン・ホテルの会場に馳せ参じた日本人は、スピーカーのyugoさん、青池さん、青池さんの奥さん、マクロメディアの太田さん、そして栗田くんと僕という6人だけ。セッションの合間では、タバコゾーンでまったり談笑したり、雲ひとつない晴天の下、サンドウィッチを食べたり。




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カンファレンスといえば夜はパーティ!初日はBRIDGE@リノベされた教会。ステンドグラスから既にエロい空間にアートが展示されていた。時間と共に溢れる人込み、最大のハイライトはライブアクト by WWFT / WeWorkForThem!ミニマムな音源に合わせた圧倒的ビジュアル・アイデンティティ攻撃がオーディエンスを魅了する。パーティーもアフター、昼になんとなく仲良くなったOculartのジェフとも、「マニキュア素敵~」みたいなまったりトーク。栗田君はWWFTを感動の対面、日本の個人サイトが華やいだあの頃、submthod / designgraphik のマイク・ヤング、True is True のマイク・チーナは僕にとっても永遠のヒーローで、彼らとの距離感の近さに足のすくみを飛び越えて、高揚とカタ言トーク。外に出ると、先に日本にも来ていた processingのベンとケーシーが太田さんとFlashについて語っている。そこも一つのパネルディスカッション@FITCなのだった。

タクシーで帰宅、なんだかんだ呑みすぎててバタンキュー。
また明日も朝から!

2005/04/10 トロント3日目 - FITC

Posted by YOSH at 03:50 AM    Permalink


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2005/04/08 トロント1日目

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いつものように、徹夜で朝を迎える。引越しも重なり、洗濯機と冷蔵庫をリサイクルに出す。眠れずに、NY行きを強く動機付けたNYC・アンダーグラウンド・ムーヴィ『Style Wars』を復習したり、覚めやらぬまま迎えた出発の日の朝。「自分の仕事をつくる旅」と銘打った今回の旅路、4/8~12はトロントにて、CBC-net特派員としてFlashカンファレンスFITCを取材、4/12~4/15まではニューヨーク、数組のクリエーターの取材という、デザイン・コンシャスにとって夢のような7日間。

午後1時にCBC-netの栗田くんと渋谷での待ち合わせ、午前中忘れ物を取りに会社に戻ったり慌しく、完璧な荷造りが完了したときにはすでに時計は12時を回っていた。行く前からすでに重いバゲージには、BRUTUSやCASA BRUTUSのNY特集やら、デザインの現場やら、香港でよぎった「次はニューヨーク」という確たる思い入れを紡ぐ、参考書籍の数々。リムジンバスでゆったりと成田に到着するも搭乗時間を履き違え、シャトルにはギリギリのスライディングドア。

フライト中、ジャン=ボードリヤール×ジャン=ヌーヴェルの対話によるテクスト『les objets singulier - 建築と哲学』と知的格闘。「世界の終わりの震央」としてのニューヨークにあって、「(WTCは)終末と終末の達成という二つのことを語っている。」と911以前のテクストの緊急の告発に、レトリカルなスリルを感じる。呼ばれた感覚のニューヨークはまだ4日後。

12時間のフライトを終え、トロントへの経由地、ニューアーク空港に到着。指紋と顔写真を提出する物々しい入国審査、就職活動時代のスーツ姿のパスポート写真は、必ず審査で引っかかる。確実に香港よりもイングリッシュがスピーディで、じわじわと「アメリカに来た感」は感じつつ、それでも「外国に来た」という独特の高揚感は意外なほど全くない。

トロント行きの飛行機は3列のやたら狭いもの、空港からはバスでホテルまで直通。ここまでドア・トゥ・ドア、24時間の大移動。初めて訪れたトロント、ニューヨークの下調べは周到ながら、トロントには差別?と思えるほど事前情報をもたずにやってきたので、ニュートラルな視線で目の前に広がる街を捉えてみる。それでもそこにあるのは移動の事実だけで、ホテルのベッドで疲れを癒しながら、「仕事」@トロントの余りにもあっさりとしたチューンインに自分で自分に驚く。

いよいよ明日からFITC!

2005/04/09 トロント2日目 - FITC

Posted by YOSH at 02:32 AM    Permalink


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April 08, 2005

トロンツ in ダ can 、そして錯乱のニューヨーク

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4月8日から16日までトロント~ニューヨーク、香港に続きデザインをめぐる旅はいよいよ本日の午後の便から。今回は好きなものがよく似てて、これからの勝負のフィールドも同じだろう CBC-netの栗田くんと2人旅。きっかけはトロントで行われるデザインカンファレンス Flash in the Can。普通なら$650のチケットがフリーパスでもらえるかも?どうしよ?っていうお誘いに、丁度その日のセミナーで「クリエイティブな旅」について熱く語らった手前、思いのほかスムーズに首を縦に振る。で、ついでにニューヨークも行きたいねってことで栗田くんがいろいろ面白いとこアテンドしてくれた。おそらく暇なし、かけづり回り、のべつまくなし、ものすごい達成感のもとに、帰ってくることでしょう。

街歩きをする時間がなく、申し訳ないほど何も調べてないトロント。WEBクリエーターなら垂唾もののバラエティに富むラインナップは、WEB界隈のちょっとその先を知るに十分だろう。主なスピーカーは、ビジュアライズの伝道師 Marcos Weskamp ( http://www.marumushi.com )、突き放し系のカリスマ Geoff (Oculart) Lillemon ( http://www.oculart.com )、ソーシャルクリエーターの香り漂う Kevin Airgid ( http://www.airgid.com )、脱意味の可能性を秘めた James Paterson ( http://www.presstube.com )、永遠なるヒーロー Bradley (Gmunk) Grosh ( http://www.gmunk.com )、そして偉大なクリエーターが勢ぞろう中で鳳を飾るのが Yugo Nakamura ( http://www.yugop.com ) 。

モロに衝撃を受けたサイトをつくった人たちとあいまみえるという恵まれた機会に思わず光悦。WE FAILとかgroup94とか So Fake とかがいないのが意外だけど、それでもすでにおなかいっぱい、食傷気味。ライブなリファレンスとして生ある言葉に素直に反応できたら、おそらく一歩先のビジョンに触れているのだろうな。アンテナの感度を困憊するほど最高にセットしとこ。そんな感じでデザイン・カーニバルはハードな3デイズ、この上ないお祭り感を揚々と愉しもう。

そして慌しくニューヨーク。雑多な文化が交じり合い、甚だしいスピードとスケールで、地区ごとに文化が刻々と変遷する稀代の大都市では様々な文脈が交錯し、自分なりの使命感を増幅させる。

まずは都市空間と建築、ミノル・ヤマサキが経世済民としての経済に平和の祈りをこめつつも、起こってしまったパラダイムシフトの強烈なビジュアライズとしての9/11、Ground Zero も着々と純粋な空白ではなくなりそうな前夜にいる。かつてはニューアムステルダム、レム・コールハースが『錯乱のニューヨーク』を詳らかにしてから30年、リサーチ・プロジェクトの集大成ともいうべき Prada NY を産み落とした激動のマンハッタニズムの今や。一方、コンサンプションに背くように加速する「R」の検証。Meat Packing District、D.U.M.B.O という新しい地域のアフォーダンスを感じられたら。

そしてグラフィティ。かつての Style Warrior たちの夢の跡としてのNYC。グラフィティは「マルチチュードの表現」として哲学の対象となり、ビジュアライズされた大衆の声は、確実に世界にリスペクトを持って発信されている。街に溶け込む WK INTERACT の残像に、おっかなびっくりできれば。

香港は相当文学的な旅だったし、自由時間もあったり深く見つめることができたけど、けど、こっちは「行動主義」の実践的ドキュメント、僕ら也のキャパ、ポイント・オヴ・ヴューで「移動性自分メディア」を我先にと突っ張り通す感じ。それは何よりも自分の糧になるだろう。ここのところ明らかに自分マネジメントにおける旅メソッドの意味合いが変容してきている。ニューヨークに行くのが普通の感覚って自分の中では新鮮な局面にいるわけで。。とにかく今回の旅は「遊び」なのか、「仕事」なのか、はっきり線引きをする必要はないけど、「仕事をつくる」ための旅には間違いない。まずは無事に帰ってこれますよう。

Posted by YOSH at 08:20 AM    Permalink


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January 18, 2005

2005/01/11,12 香港4.5日目 - 中環 ~ 灣仔 ~ 尖沙咀

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10:30起床。連日の中華料理で、お腹が膨満感でたっぷり。日本から携えた一仕事を無事終えた岡崎と合流し、昨日しつこく徘徊した中環(セントラル)のエルギン・ストリートへ。馬場正尊さんのサイトで気になった、いい感じなはずのブックショップ兼カフェ「Architude」はすでにCLOSEDのようですから。残念。露店で賑わうお昼どきのエルギンストリートの下り坂は、バーが集まる夜の顔と様変わった庶民の街。




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この辺りはSOHO(SOuth of HOllywood Road)と呼ばれ、西欧人が集う洗練された地区として知られている。街並みも油麻地界隈とは違って、目にうるさくない。Architudeを諦めた一行は、スペイン料理レストランBOCAで久々に中華以外でご満悦。




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その後自由行動、まずはアニエス・ベーギャラリーへ。アニエスも新旧ごった返すエルギン・ストリートに一目惚れし、ここにギャラリーを作ったようだ。今日はエキシビジョンが無かったので、スタッフのウィニーとしばし話す。牛棚、IdN、そしてアニエス・ベーと、香港の人たちが親身になって拙い英語に付き合ってくれる。それも僕の気がすむまでの結構な時間。それは、日本から来た旅人だから?デザイナだから?アートが好きだから?とにかく自分の関わるプロジェクトの延長線上に旅を位置づけることで、旅の経験がもっと濃く、心に残ることを改めて実感する。旅は日常を忘れる装置だけではないのだ。余っていたTABのフライヤーを渡す、これにてホントに完配。




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働く男の背中。エスカレータ、大通り、地下鉄、香港はいたるところが工事中だ。灣仔に戻り、大行列のサラのセッション参加。「オッケー?」が口癖の香港人モデレータの、早急な決め付けともとれる質問を柔らかく丁寧に捌く様子に好感必至。セッション後、「ボン・ジュール、ジュ・ヴ・ルメルシー」と声をかけ、「Vive la liberte! ヴィヴ・ラ・リベルテ!」(自由万歳!の意)というメッセージとシグニチャーをもらう。Exactement!イグザクトゥモン!(その通り!)




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その後カリスマ・スピーカーたちが台上に一斉に集まり、いよいよ最後のセッション「ラウンドテーブル」へ。What's good ? を巡る果てない哲学の自由は、香港にどんな「気づき」を与えただろう。個人的にこのカンファレンスをまとめるなら、香港のためのクリエイティブ・リテラシー講座だった。それはGood と同時に、What's bad ?つまり、「何をしてはいけないか」をも考えさせること。香港のラディカルな歴史に端をなす中華的未来への只ならぬ不安、「フー・アム・アイ?」というアイデンティティへの素直な渇望は、少なからずストリートに焦りを生んでいる気がする。アウトプットとしての結果を急ぐのではなく、マルジェラのパトリックの言葉を借りると、「なぜそれがそこにあるのか。」というコンテキストや、その表現にいたるプロセスをクリエイティブにすること。リスペクトすべきスピーカーたちのアドバイスは、そこに集約していたのではないか。




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カンファレンスが無事終了し、再び庶民の街へ帰ってきた。旧正月で新年を迎える香港では、街が赤と黄の中国カラー一色。黄金に輝くお年玉袋、福の字が描かれたいかにもおめでたそうなティッシュなど、あれこれおみやげを購入。生活観あふれるティッシュを持ったまま、晩餐は高級上海料理。気さくな店員がとっかえひっかえテーブルについてくれる。上海ガニもみそまで劇ウマ、豚の角煮は人生で最も素晴らしい美味!得も言わせぬ至福の思いで、酒が回る。




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気分よくフェリーで夜景を後にする。最後のチョンキンマンションの喧騒とした夜も話題は尽きず、眠気を追いやる知的興奮のまま2:30就寝。5:30起床、タクシーをぶっ飛ばして空港へ。空港で朝マックをし、雲のフラクタルを眺めながら3時間半であっという間に成田。NEXで帰宅し、19:00からたまたま観たTBS系「絶景の楽園」に釘付け。コスタリカ、山頂からは太平洋と大西洋が見渡せる。チベット、5000mにある天の湖の凍てついた波。マッターホルン、アルピニスト憧れの山頂には十字架がたっている。大学のときに行ったコートダジュールの鷲巣村エズ、紺碧の絶景は変わらず美しかった。まだまだ、憧れの場所への旅は終わりそうにない。

「good」とは、ピーター・サヴィル曰く「relative」という一言で締めくくれるだろう。相対的ということは、各々の位置を把握することだ。それこそ、立脚するアイデンティティの問題だ。返還を巡る香港の歴史的葛藤は、本を読んだり話を聞いただけでは全く想像が及ばないのだろうけど、街全体の初々しい焦燥感に少し踏み込んだ感触がある。日本に帰ってこんな話をしたとき、ある方は「97年で香港は終わった」と一国二制度の矛盾を嘆いた。本土から公安当局の私服警官が流れ込んでいる。近いうちに成長著しい深センに組み込まれ、しがない一地区に成り果てるかもしれない。世界でも有数の美味しい料理を出すシェフは、すでにバンクーバーに移住した。

それでも香港という街の運命は、残された大衆が切り開いていく。このカオスは、新しい香港の幕開けなのだ。アイデンティティとは何か。国家とは何か。香港での着想は、今年のプロジェクトに生き生きと活かされるに違いない。

Posted by YOSH at 01:02 AM    Permalink


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January 14, 2005

2005/01/10 香港3日目 - 深セン ~ 油麻地/旺角 ~ 馬頭角 ~ 灣仔 ~ 上環/中環

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朝9:00起床。今日はカンファレンスのセッションがないので、思い思い自由行動の日。午前中は男3人で、40分でいける中国本土、深センを目指す。月曜日の足早な朝、ご飯に香ばしいエッグタルトをほうばりながら見やる窓の外には、新界(ニュー・テリトリー)と呼ばれる殺風景な香港のベッドタウン。やたら高層なマンションで切り取られた乾いた輪郭しか見えない。終点の羅湖駅での厳しいイミグレーションを超えると、そこは改革開放政策の先駆けであるビジネス都市、深セン。駅前から見える景色は、東京がいつも突っ込まれる非計画的な都市景観そのもの。目的だった深センが一望できる高層ビル(名前忘れた)も、ポストモダニズムの哀愁を感じさせる外観。ここでも英語は通じない。黄色に霞む大都会の景色、展望台には客は誰もいない。いてもたってもいられず、あっという間にタクシーでとんぼ返りする。その間に話し込んだ文化大革命の話のせいか、イミグレーションで国境を渡る橋の足取りに、自由を感じたような感じないような。




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戻ってきて地下鉄で「普段着の香港が息づく街」油麻地へ。地上に出ると、道路に突き出る看板の量が半端ない。見渡せば漢字の洪水。そこから小粋な廟街(テンプル・ストリート)の美都宴室(ミド・カフェ)で昼食をとり、いよいよひとり彷徨う。




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ストリートごとに専門店が軒を連ね、歩くごとに活気や匂いが移り変わる、Central East Tokyoに似たダイナミックな都市の文脈。その中でもやたらと公園が多いのだが、中ではホームレスや老人がたむろし、和やかなんだけどなかなか近づける雰囲気ではない。




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普段着の香港を感じるのは、何といっても裏道だ。視界が遮られる閉じられたプライベートな空間では、路上でゆるめに理髪店を営むおじいちゃん、表で売る野菜を洗うおばあちゃん。そこにはもはや、観光客としての僕にとっての居場所はなく、カメラを取り出す気も自然と引け、そそくさと立ち去るしかないのだった。お邪魔しました。




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自然とよぎる「都市のテクスチャー」なるコトバ。作為的なものと非作為的なもの、そしてその間のもの。幾重にも重なる営みの地層に、普段着の生活感を超えた都市のコンテキストを垣間見る。




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同じアジア人として、オリエンタリズムを感じるはずはないし、単なるエキゾチシズムでもない。見る光景がすべてフォトジェニックに思えるこの感覚は、僕がこの街を好きになっている証なのだろう。




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高層ホテルと露店商。ピカピカな新しいものと埃がかった古いものが極端に近いところで共棲している。見上げるとどうしても違和感を感じる新旧のレイヤー。一気呵成に移り変わる意外なゾーニングこそ、この街のカオティックな魅力なのかも。




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いつまでも飽きないハングアウトながら、やや足に堪えたのでタクシーで馬頭角へ。サングラス運転手のハイ・スピード・ドリフティングであっという間に目的地の「牛棚」へ。ここは、大型動物検疫所だった古い建物をリノベーションしたアーティスト・レジデンス。ギャラリーとスタジオが併設していて、自分の作品を撮影しているアーティストがいたり、猫と戯れたり気ままな雰囲気。ウィニーという女性のアーティストに声をかけて、TABのフライヤーと名刺を手渡す。ギャラリーでは、「未来へのノスタルジア」と題された97年当時の香港の写真展。モノクロの退廃的な街並みに輝く人々の笑顔。色彩豊かな繁華街とのコントラストに安らぎを覚えた。




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潮の香りの漂う海の方まで歩く。この付近は活気付く港町だ。歩道のない袋小路、荷降ろしを終えたトラックが我先にと闊歩していく。




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トラックの横顔が、なんてことないけどキレイ。こういうのを撮りたくなる気分。




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陽が傾き始める。フェリー乗り場までもう少し。




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鉄柵の先に霞む対岸を目指しフェリーに乗る。前に空港があった跡地は海に突き出たイタリアのような半島になっている。地図によるとその先端には、三方海に囲まれたゴルフコースがあるらしいのだが、、そのヤバそうなシチュエーションは、肉眼で確認できず。




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波に煽られながら北角(ノース・ポイント)に到着し、再びワンチャイ。駅前には出し惜しみすることなく、フットサルコートと4面のバスケットボールコートが広がる。ヒップホップな若者と、多国籍なオーディエンス。やたら、フックシュートするあいつは何じゃいな、とか思いながらカラダはウズウズ。




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ワンチャイに降り立ったのは、敬愛するIdNのオフィシャルショップに行くため。ワンチャイの反対側はその昔、合法的な売春街であり、今も古いマーケットが狭苦しく並ぶ庶民的なストリート。雑多にひしめくこの付近にグラフィティが多いのもなんとなくうなづける。左側には「street art is a beautiful crime!」と書かれている。店の暖簾の裏にも黄金のタギングが。




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この界隈をひたすら歩き回るも、住所にあるグレッソン・ストリートが見つからない。偶然入ったカフェにネットがあったので調べてみるも中々見つからず、お店の人がわざわざ電話で聞いてくれた。多謝。漢字の上にDBSKONE?ゴミ箱とグラフィティ。重なるレイヤード。




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やっと見つけたグレッソン。そこから右に曲がると、、ここも新年前にして賑わう雑踏とマーケット。ホントにここかいな、とじわじわと歩み入る。それらしき住所で、露店越しに見ると発見!ここがデザイン誌の殿堂、IdNのショップ兼オフィス。ありえない、、と口走りつつ、香港では、この意外な溶け込み具合に慣れるしかない。そこに居た英語の拙い80才のおじいさんを相手に、バックナンバーとDVDを買い込む。上から出てきた若い女性の店員と20分くらい話し込んでみた。香港と東京、お互い無いものねだりのグッド・リレーションシップ。TABフライヤーもごっそりと置いてもらえることに。ヤホーイ。




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なんか広がってく感じに浸りながら上環(シャン・ワン)へ行くも、ギャラリーhabitusは月曜日が定休。つらつらと中環(セントラル)へ。予定も未定なので、エルギン・ストリートのオリエンテーション。ここには、明日のお昼に来る予定のArchitudeというカフェがある、はず。このストリートは、洗練された面持ちのバー、アニエス・ベーなどのギャラリー、キッチン用品のセレクトショップなどが点在していて、歩いてて気持ちいい通りだ。といいつつ、何度も往復するけども目的の店がなくてムカついてきた。しぶしぶ諦めて顔を見上げると、アンドレのグラフィティがあっち向いて笑っていた。

石塚は究極のエッグタルトを求め澳門にいっちゃったし、岡崎に電話するもお疲れのようなので、そのままひとりでフーガルテンで乾杯@Fringe Cafe。読み耽った『譚婦人』のディープな香港コラムの文学的体験。今ここにある香港、歴史とともにある香港。帰り道がやや怖くなった。酔っ払いながら、バーカウンターのイギリス人アーティスト、ピーターに絡んでみる。香港に来て8ヶ月、「バーテンよりも、もっと作品つくりたいよ。」という彼にもTABのフライヤーをごっそり。これで200枚完全配布!地下鉄で戻り、岡崎の泊まるホテルのシャワーで汗を流す。お湯が途切れないだけでも幸せ。幻のエッグタルトを携えた石塚と感動の再会をし、バタンキュー。明日はいよいよ最終日ー。

Posted by YOSH at 08:01 PM    Permalink


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January 13, 2005

2005/01/09 香港2日日 - 灣仔 ~ 銅鑼灣

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8:30起床。5分限定のシャワーを必死に浴びる。3分後にお湯が心もとなくなる。香港とはいっても朝方は寒い。教訓、顔と歯を水で洗ってからお湯を出すこと。ささっと準備をしてレートがいいと評判の一階の両替所で両替し、チョンキンを後にする。朝食は、卵焼きと肉入りインスタントラーメン。こればっかりは微妙;いよいよ、最寄の駅から地下鉄で対岸へ。香港では、地下鉄だけでなくバス、フェリーにまで、suicaのような非接触型カードが本格的に導入されている。中には時計をかざす人もいた。ちなみに携帯電話は第3世代で、動画コンテンツが充実しているみたい。地下鉄には「請小心月台空隙」という漢文。ちゃっかり「月よ。ぽっかり空いた心の隙間をうめてくれ」という素敵な漢詩かと思ったら、単純に「電車とホームが空いているところに注意してください」という意味だった。「プラットフォーム」は漢字で「月台」、実に粋な呼び方だなー。




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カンファレンスが行われる香港アートセンターへは、灣仔(ワンチャイ)から徒歩15分。香港島を横断する港島線は、それぞれの駅にテーマカラーがあり、ワンチャイはきれいなグリーンだ。




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ウォーホル風な柱のデコレーションと綺麗なグリーンの椅子が入り口、普通にピーター・サヴィルが取り込み中。入り口では、素敵なブックレットとお水、そして入場用のカードをもらう。2階では、オリジナルグッズの販売、デザイン書店「書得記」の出張店など。いよいよピーター・サヴィルのセッションが始まる。背後には、「作品」と「彼にインスピレーションを与えるもの」のスライドショー。オール英語の理解度は70%くらいだろうか。ピーターにとっての「よい」とは、「believe in what you do」というシンプルなものだ。彼の独特な世界観を、達観しきった落ち着いた物腰と挑発的な言葉でつなぎあわせていく、パンクなギグ。そして、「何か新しいことが起こるときは、社会的、技術的な変化が起こったときだ。さまざまなものを見て、その瞬間を嗅ぎ取るセンスを持つべきだ。」と締めくくった。




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その後近くのホテルで飲茶を食べ戻ってきて、中村勇吾さんのセッションへ。「肉祭り」いきましたと、声をかけたら覚えててくれた。日本語の理解度は100%、バックミンスター・フラーや、エッフェルに影響を受け、「新しいことを生み出すエンジニア」になろうとし、「クリエイティブに突っ張っていたい」という勇吾さんも、パンクス。さまざまな作品を紹介しながら、勇吾さんにとっての「よい」とは、「何かを見て、自分も新しいものを作りたい!と思わせるもの」。それは勇吾さん自身の作品が一番体現していることだろう。その後の出てきた質問は、「ソースは公開しているのか」とか「予算はいくらなのか」とか、とてもプラクティカル。うーん。




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その後、銅鑼灣(コーズウェイ・ベイ)で、お買い物ツアー referring 『香港アート&カルチャーガイド』。まずは、「香港文化研究家」ダグラス・ヨンのプロデュースするLeighton CentreのG.O.D。ここはideeのような、家具とライフスタイルを提案するインテリア雑貨を取り扱う。というわけで、ここにくると旬な香港文化の気分がわかる場所。それは、漢字のプリントされた極めてチャイナなデザインだったり、豹柄や模様が派手などデカいクッションだったり、香港の目指す美へのこだわりは、こっちなのね~と思い知る。そんなテーストのビーチサンダルを購入。その後、タクシーでD-mopへ。ここはY-3や、BLESS、Bernald Willhelmなどモードブランドを扱うUAのような最先端のセレクトショップ。といいつつ、オリジナルは蛍光色豊かな華美なスタイル。むーん。その後、ちょっと歩いてデザイン書店「書得記」(Basheer Design Books)へ。ここはhacknetのようにアメイジング!大衆の街に突然出現する散在するデザインスポット。スペインのrojoBEAUTIFUL DECAYRe-FILL、そしてBasheerがディストリビュートしているInternational Designers' Territoryなど日本ではなかなかお目にかかれない雑誌中心に大量購入。この重さが満足感。




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恍惚に、今日の夜も飲茶、こちらはやや中心地から離れた洗練されたお店。チャーシュー入り肉まん、プリプリな海老餃子、ジューシーな小龍包、締めのマンゴープリン、すべてがうまい!香港はウマ!その後帰宅し、What's good カンファレンスに駆られて語り合いながら濃い一日も終わり。明日は自由行動、どんな偶然がおこるだろう。

Posted by YOSH at 08:17 PM    Permalink


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2005/01/08 香港初日 - 香港国際空港 ~ 尖沙咀

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徹夜で朝を迎える。旅立ちの前日はいつもそう。web creators 3 月号の原稿を書き上げ、友達とかにメールを書くだけでも1時間。旅に出ればPCの前にいることができない強制的なシャットアウト。荷造りをしながらプラグドからアンプラグドへの気分の移り変わるこの感じが、実に旅っぽい。東京から逆向きの成田エクスプレス。携帯電話をレンタルし、保険に入り、一万円分を600HK$に両替して、4年ぶりの海外へいざ参らん。前の会社の同期であり、ノルカソルカのメンバーである、岡崎、石塚、岡崎の彼女さんの4人旅。

香港まで5時間の夜のフライト。窓から見下ろす列島の夜景は山々で途切れ、幹線道路で長くともどこまでもつながる道は、シナプスのよう。寝てないはずなのに眠れないので、テクストを読む。最新号のTOKION、CREATIVITY NOW 2005特集と、セレブなガイドブック『譚夫人の欲深的香港の旅』、そして発売したての『香港アート&カルチャーガイド』。まず、TOKION。実際に見たカンファレンスについて、文字に起こされたテクストで読むと、意外と整理されていて、すんなりと流れが理解できる。だからなのか、「時間の物足りなさ」感や、「一触即発」感が薄らいでいる。やっぱりリアルな体験に勝るテクストはないということか。What's Good Conference でも、確かな臨場感を大切にしたい。

『欲深的香港の旅』は、「更上一層楼」(ワンランク上)な香港の旅を紹介する本。セレブといっても豪華絢爛、無駄使い~なことではなく、世界的なデザイナー、アラン・チャンへのインタビューや、香港返還をめぐる歴史的なテクストなど、読み物としても面白い。そして、今回一番重要な役目を果たした『香港アート&カルチャーガイド』は、まだ見ぬ香港のストリートの妄想を掻き立てる。地図を片手にストリートをなじっていく。大体、4日間の段取りが決まってきたぞ。。ふっと張りが切れて爆睡。




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二十三時無事香港到着。出口で一足先についていた石塚と合流。ホテルのある尖沙咀までは九龍からタクシー。いよいよ着いた重慶大厦(チョンキン・マンション)。。隣はホリデイ・イン、向かいはハイアット、道からはシェラトンや、憧れのホテル、ペニンシュラも見える。振り返って、重慶マンション。南アジア系、アフリカ系外国人が道の前にたむろし、中は客引きでごったかえす。風水的にここだけ「殺」がたまってるのかのような、よどんだ空気に思わずたじろぐ。明らかに何かを感じて手に汗を握っている。振り絞って目的地のDRAGON INN.のあるB棟3階を目指す。23:30、就寝中の主人を起こしてチェックイン。4泊で一人7500円5分限定のシャワー付き。広東訛りの英語がかわいくて、気分もほぐれる。




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ペニンシュラから海岸の公園へと抜ける。今日は土曜日の夜、たくさんのカップルが思い出の瞬間に浸っている。煌びやかに装飾が施された、自転車の集団を発見したり。段差の少ない会談の広場では、若者がお花見の公園のように、座り込んで語り合っている。スケボーをするでもなく、ハンカチ落しで戯れるその横で、ホームレスが寝ている。なんて若々しく、居心地のいい空間だろう。うらやましささえも覚えた。




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インターコンチを取り囲むプロムナードは、スター・アベニューという。いさり火漁船のように、無駄な星の飾りがつけられたり、床にスターの手形が埋め込まれてたり、ベタな映画の殿堂。さらにすぎると、突如グラフィティの描かれた壁に遭遇する。そういえばここまでひとつもみなかったのに、なぜここだけ?『字』という漢字のグラフィティもあった。カッコいいかはおいといて。しばらくすると、ホームレスが冷えてないジュースを売り歩いていた。




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さて、帰ろうかと回り道をしながら、ロイヤル・ガーデン・ホテルという見慣れないホテルにたどり着く。小腹がすいて、脇道に煌々と光る開放的な中華料理屋へ。そこで憧れの揚州炒飯と、オニオンステークを注文。ウマウマ~。感じのいい兄ちゃんに手を振って挨拶し、再び迷いながら何とかチョンキンに舞い戻る。もはや、何の恐れも気概もなく、溶け込んでる自分に気づいた。一階でペットボトルを買い、時計をみると既に四時半。宛てのない気分のいいハングアウトだった。夜が明けて昼間の香港は、果たしてどんな顔を見せてくれるのだろうか。

Posted by YOSH at 06:32 PM    Permalink


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January 07, 2005

香港特別藝術区 - むっとする「大衆」の街

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25歳で迎えた2005年の幕開けとともに、8日から12日まで香港へ旅立ちます。きっかけはWhat's Good? Conference というストレートすぎるタイトルのカンファレンスの開催を知ったこと。「イイって何?」を語るのって、僕にとっては今世紀がすぎても語り終わらない、出口のない迷路のような問いかけなわけで、この多様性の時代に敢えてなされた大それた問題提起に、反応せざるを得なかった。それは、僕の周りの友達も同調してくれて、今旅路の支度をしている。

スピーカーは、DroogのRenny(TDB2003のシンポジウム、tricoと取引中止についてきわどい質問をした思い出の人)、コレットのsarah(こんな素敵な言葉を平気で言う人)、マルタン・マルジェラ(好きなんだけど一着も持ってないメゾン)など蒼々たる外国のゲストが並ぶと思うと、実は中村勇吾さん、佐藤可士和さん、服部一成さんなどジャパンをレペゼンする方々の日本クリエイティブシーンの輸出ともとれる、意味深げなラインナップ。

何がいいのか、何が悪いのか。ロラン・バルトは、『《良い》を定義するのは、それが占める位置である』と言ったが、おそらく、「良い」と思う主体も移ろっていくならば、それは相対的な性質なのだろう。ならばこの会議は独りよがりなのかというと、そうでもない。誰もが「良い」と感じる「よさ」こそ存在しないことを認めつつも、少なくともわれわれを包む「時代の気分」には左右されていると仮説を立ててみる。カンファレンスは、ライヴなリファレンスだ。本が印刷されるよりも早いサイクルのリアルな“引用”によって、その仮説を確かめる絶好の機会だと感じている。

香港といえば、王家衛。正月に1995年の作品『天使の涙』を久々に見た。高校生のときに感じなかったエロスを感じてしまった。古本屋で発見した+81の第一号も香港のクリエーター特集。そして、アジアの誇るデザインの現場、IdNは今でも目で読むに足る雑誌だ。方やアラン・チャンは僕のメインバンク、三井住友銀行のロゴのデザインをした。この10年でおきたこと、それは返還という国家単位のシフトだ。なかなか体験できない強烈なパラダイムシフト。

出発直前に買った発売したての本『香港アート&カルチャーガイド』のサブタイトルが「香港特別藝術区」。そのまえがきには、香港の若い世代は返還とその後のカオスを経験したことによって、否応もなくアイデンティティを模索しなければならなくなったという歴史の事実が描かれている。飛行機4時間半でいける街のドラスティックな変化は、確実にアウトプットされてきたことになる。ここで、その香港で行われるカンファレンスで、日本のスピーカーが大半を占めることを思い返す。日本に何の歴史の事実が、あった?

『この街が生み出すのは、むっとするほど濃い大衆文化(ポップカルチャー)だ。』とは、前述のカルチャーガイドの一説。この中にも『帝国』で提示された世界的史なキーワード「大衆」が混ざっていた。現代思想、グラフィティ特集の副題は、「マルチチュードの表現」。今、大衆文化は表層的で画一的なポップカルチャーから、意思を備えた一個人の集合としての大衆、すなわちマルチチュードの、マルチチュードによる、マルチチュードのための文化に移行しつつあるのではないか。それは文化の新しい段階、真のマルチ・カルチャーへの移行だ。マルチをマルチチュードに読み替えたとき、マルチ・メディアという語感の目まぐるしい復興も十分にありうる。それぞれのマルチチュードが、その影響力によって移動性のあるメディアになりうるのだ。

出発3日前まで無かった人一倍の高揚が、このとまらない文章を書きたてる。「憧れの場所」と描いた文学的な旅は4年ぶりの海外へ。まずは無事に帰ってこれますように。

Posted by YOSH at 08:35 PM    Permalink


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December 05, 2004

札幌 - 体感する彫刻の体感

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家族とホテルで朝食をとり、一人で函館駅へ、札幌にはお昼前に到着予定。4時間の長い行程の途中、苫小牧や東室蘭など、工業地域のイメージどおりの町並みを過ぎ、大都市札幌に到着。懐かしい友人がマイカーで駅まで迎えに来てくれた。今日は札幌をいろいろと回ってくれる予定。

6年ぶりの札幌は、でかさが印象的。グリッドで括られた街をドライブ、どこがどこだかわからないうちに、TDBにも参加したという、FURNITURE DESIGN AGRAに到着。古いビルをリノベーションしたすっきりとした店内は、元々フォトスタジオだったと言う構造を生かしたハイセンスな創り。店内のリラクシンでモコモコな暖かいプロダクトに心打たれ、PAKPAK PILLOWS を思わず購入。

その後、憧れのSOSO CAFEでお茶を。「何かイベントあるときにまたきてね」と親しみやすい雰囲気。モエレ沼でのイベントなど重要なフライヤーがたくさん、幻のarkitipもここで買える。ちなみにここもオレンジ色の味のあるビルをリノベしている。札幌のファッショナブルなスポットをはずさずに、お昼には、スープカレーを、笑。初めてのスープカレー、スープにご飯を入れるか、ご飯にスープをかけるか、みんながそれぞれのやり方があるみたい。僕はかける感じで頂く。それがまたうまい!カレーじゃない、別の料理。カレースパイスのスパイシーで辛いスープとご飯。




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札幌の夕暮れは早い。3時を過ぎて日が傾き、ともに寒さを感じてくる。中心地から車で30分、いよいよモエレ沼公園につく頃には、西の果てにオレンジの空がまぶしかった。駐車場に止め、橋を渡り、目の前の不可思議な光景に息を呑む。緑豊かな芝生に、山頂までの白い道が一本。視界には頂で切り取られた空。登る角度によって、山らしい山の形が不気味にも、優しくも感じられる。無意識に駆け上り、見渡すと、パノラミックな札幌の遠景が広がる。スケール感を失ってしまったように、人気のない山の頂は、体の小ささをはたと感じさせ、イサムノグチの描いた体感する彫刻は、3Dゲームの主人公がフィールドをかけめぐるように、その場所にいて豊かな経験となる。



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モエレ山を駆け下り、太古の遺跡を思わせるピラミッドの山肌へ。こちらも登りたくなる山なのだが、モエレ山とはアプローチが違う。登る苦労を乗り越えたくなるというか。友達のいい感じな疲れに合わせて、西の夕暮れを望みながら、清涼な空気を感じながらまったりと話し込んでチルアウト。「運気」は自分でコントロールできるよね~とか、そんな高揚とした話。山肌から降りると辺りはグレースケールのグラデーション。ガラスのピラミッドヒダマリは、この日は休みだった。

その後、CAI(コンテンポラリー・アート・インスティチュート)で現代アートに触れる。「自分のためにアートを買いたい - U50000」という、5万円以下で買えるアートを取り揃えたエキシビジョン。アートは買うもの、ギャラリーは買うところ、というパリのルイズ・ヴァイスで感じたゆるいアートとの関係を重ねる。帰ってきてから、友人にアートソムリエと言う言葉を教えてもらったが、日本におけるアートも、生活の一部として、主体的対象になりつつあるのだろうか。

その後、夜ご飯はあじとへ。公開秘密結社という古い民家風の素敵なバー。自転車タクシーやマイ箸専門店など、開放的な空間にいろいろなカルチャーがミックスされている、楽しくなるお店。そして最大のハイライトが、2階でやっているタロット占い。友達がものすごくはまっていて仲良しだったので、僕も占ってもらうことに。さて結果は??とんでもなかったです、笑。時間がたった今、冷静に振り返っても、多感な自分がおもしろいくなる。占いすらも、なるようになる。どう接するかは自分しだい。この日はユースホステルに宿泊、翌日久々に前飼っていた猫グリグリと再会。次第に打ち解けて、クシやらゴム紐やら、いろいろと遊んであげる。元気に愛されながら暮らしているようで懐かしい幸せ。新千歳まで送ってもらい、お土産を買って、午後の便で決意を胸に東京へ。

友人のおかげで、札幌も強烈だった。先の占い結果で弱気になったおかげで、健康診断に行く気にもなったし(異常なし!)、友達や尊敬する方々にも励まされるし、今年を締めくくりに必要な基盤を確認する契機になった。さぁ、今年もあと一月。今年を振り返り、来年の目標をそろそろ、と。

Posted by YOSH at 05:35 PM    Permalink


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November 27, 2004

函館 - スローな街を歩いてつなぐ

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19日、函館では兄貴夫婦をのぞいて、兼松家が一家勢ぞろいする予定、函館にお昼ごろ待ち合わせようと、朝四時半の目覚まし、6:30札幌行きの予定で就寝。つけっぱなしのテレビを見やると、すでに5:55。案の定寝坊してパニック。「やば!」と立ち直り、ネットを立ち上げ、JALの7:45青森行きを検索。すると、奇跡的に2席残っていて、予約→決済して、用意していた荷物片手にドタバタと出発。空港へは7:15に到着。優先的に入れてもらって何とか青森へ出立。ちょうど秋田から電車で青森に着いていた両親と合流。寝坊を茶化されつつ、結果的に自分の体がここにあって、一緒にいけることになったし、最終的にはお金も払い戻せたので、幸運だった。

青森から青函トンネルを経て北海道へ。お昼にはカレーで有名な五島軒。ステンドグラスや彫刻など、明治時代の洋館の雰囲気そのままに待合室も絢爛で気分がよし。ただ、メインの料理は出来立てではないぬるさがちと残念。その後。末広町まで教会が立ち並ぶ景勝地区を散歩。途中で結婚式にも遭遇。

市電で揺られて湯の川温泉へ。今日のお泊りは「一の松」。玄関から畳がしかれ、中庭の趣を囲むような、粋なつくり。温泉は小さいながら、人も少なく気持ちよし。父親といろいろ話す。風呂をあがると、大雪山は糠平から来た姉夫婦と姪が到着していた。おいしい夕食を頂、ほろ酔いでぐうたら就寝。




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20日、スローマップをつなごうと朝から自由行動。まずははこだて未来大学へ、タクシーで往復3000円の小旅行。はこだて山を望む裏夜景と称される山あいに建つ、ガラス張りの建物が近づいてくる。今日は休日なので、中の見学はできないが、平日は誰でも立ち入ることができ、プロジェクトや講義を自由に見学できるそうだ。本当にガラス張りで開放的でハプニングの起こりそうな構造、3on3コートや、一人一台と思われる広々とした駐車場など、多様で便利なファシリティもうらやましく、好天に生える緑色の芝生が、キーカラーである「ホワイト」の導線を浮き立たせていた。複雑系や情報デザインなどの先端分野をカバーし、県外からの受験者も多く倍率の高い人気大学だ。ローカリティのメリットを最大限に発揮し、スローな街を望むこの大学から、どんな新しいムーブメントがおきてくるのだろう。




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タクシーで中心へ戻り、一日乗り放題券を駆使して、果ての函館どっく駅まで。弁天町は、レンガづくりの倉庫や造船工場が立ち並び函館の原風景を醸す界隈。漁火のランプが勢いよくつるされる港では、地元の人々が小さな魚を釣っている。それにしてもこの付近は廃墟風なレンガ造りの建物が多い、そして中に無断で入ってみると、駐車場になってはいるのだが、30台はとまれそうなだだっぴろいスペースに車一台だけ止めていたりする。また、「壁がはがれるので頭上注意!責任は取りません」など普通にかかれてたりする。リノベーションの自然な思いはこの寂しげな光景から浮かんでくるのだろう。

その後、緑の島へ。その通りこの島は、ウッドデッキに三方を囲まれた、緑の芝生の島。雲ひとつない空の下、子供たちが無邪気にキャッチボールをしたり、ご老人方が談笑したり、ホームレスが寝ていたりする。僕もその横で、横になって空を仰ぎチルアウトしてたらいつの間にか寝ていた。目覚めると不思議な現象に気づいた。雲が自分の頭上で消えていくのだ。雲ひとつない青空ではなく、緑の島の上で雲が消えていくのだ。意味がわからない興奮を胸に、家族とラーメン@マメちゃんを食べに。まぁまぁおいしい。

その後金森バカラ美術館で、至上のクリスタルに心躍る。想像の及ばない最高の仕事がそこにある。二回にはソットサスとのコラボレーションなど。お店の方とドラえもんの話をしながら、
コラボレーションと復刻というサイクルでプロデュースしているということを聞く。とにかく職人魂の結晶。すばらしい。ハセガワの焼き鳥を頂いたり、函館八幡宮に行ったり気ままにすごし、夕方から家族と合流、夕食居心地のよい和ダイニング「井井」でおいしく呑む。空いてきたロープウェーで、百万ドルの夜景に小学生以来の対面。変わらぬ感動をおぼえた。そのまま帰って就寝。

函館は、もの寂しさとハイカラさとが融合し、なんともいえない味わいのある街だ。スローマップの舞台としてちょうどいい大きさだし、僕の知らない生活感もたくさんあるだろうけど、チルアウトできる場所が、すぐそこにある感じ。さぁ、明日から札幌。

Posted by YOSH at 02:08 PM    Permalink


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November 19, 2004

スローなコンテキストの体感 - 函館、札幌

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明日から23日まで、家族旅行で北海道へ。函館に2泊し、札幌に1泊の予定。北海道へは7年ぶり?くらいだが、グリーンマップの舞台となっている函館や、日本ハムファイターズがホームになった札幌など、どちらの街も、地方都市ならではの面白いムーブメントが起こっていて、最近特に関心が高かっただけに、結構楽しみです。

ハコダテスローマップは、「ふだん見過ごしがちな環境のgood(いいところ)やbad(わるいところ)を、『ゆっくり』『じっくり』と発見しながら、それらの情報を地図の上にデザインしていく」、情報デザインの観点から地域コミュニティをつないでいくプロジェクト。そのつながりをダイナミックに可視化したcontext viewer は、中村勇吾さんによるもので、地域のリソースをインタラクティブに表現するタウン情報に心躍った。地域の住民が、そのインタラクティブな地域情報をどのように活用しているのか、あるいは、旅をする人間としてそのコミュニティにどのように触れることができるのか、スローなコンテクストをインタフェースに、実際につないでいこうと思う。家族と一緒に、ってのもすごくいい感じ。

函館は、他にも「コラボレーション型の学びを支える環境としてデザインされた新しいタイプの大学」という、はこだて未来大学にも足を伸ばす予定。地方発知的創造の生プロセスを少しでも感じられれば。

札幌は、なんといってもモエレ沼公園 master plan by イサムノグチ。いわずと知れた2002年グッドデザイン大賞であり、『美学への招待』でも新時代の美的スポットとして取り上げられ、積年の思いを馳せる公共の公園。街の中心との位置関係から、パリ、ラ・ヴィレットの小さい版、札幌市民の休日の憩いの場であり、インスピレーションの場を勝手にイメージしてる。「ゴミ埋め立て地であった土地を、一人の芸術家の発意と関係者の情熱によって雄大なスケールを持った公園へと再生したもの。ネガティブな要素が複合的に存在する土地を活性化し、周囲の住民や生活者に歓迎される場を作り上げた点、札幌市による開発プロデュースの手腕・実現に対する飽くなき情熱が評価された。」と受賞理由にあるが、まつわる文献を読んでも、アーティスト、自治体、市民の真摯な努力によるこの公園の実現が、新しい時代のコミュニティ作りのモデルとして、僕には輝いて見える。プレイマウンテンを駆け下り、ガラスのピラミッドで和もうっと。

札幌は、他にもSHIFTプロデュースのSOSOカフェがあるし、何かとうわさを耳にする「ビジネスベースでアジト的な人のたまり」、ビズカフェがある。で、何よりもグリちゃん(前飼ってた猫)に会える?かも。

というわけで、明日は早起き也。いってきます。

Posted by YOSH at 01:45 PM    Permalink


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September 12, 2004

9/10 東京初日 - 六本木ヒルズ

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今日も蒸し暑い。

昨晩未明、家に着いた。
午前中に洗濯をし、クリーニングを取りに行く。

なぜかゴミ箱に水がたまっていた。
部屋も散らかったまま、洗いものも残っている。

出発前の自分の残像が見える。
夏休み、自宅での一ヶ月の、堕落ぶりが見える。

逃げていた。





来週から、新しい職場に赴く。
その前に、MerryとBeGoodの作業が残ってる。

部屋を掃除して、コインランドリーを探して、
一息つけて、皿を洗って、
一息つけて、メールをチェックして、返信して、
それから、それからを時は流れる。

携帯メールでみんなに返信するつもりで、
六本木ヒルズのツタヤ×スタバに来たんだった。
コンテンツに行って源泉徴収表をもらってこなきゃ、
お土産を渡しつつ、ヨガの本も返しに、と。

やるべきタスクがたくさんある。

今、気持ちを整理して、少しずつ片付けてゆく。
でも、買った3wwwくらいは目を通そうかな。
AXISの深澤直人さんの文章も。Design is Dailyも再び始めるんだ。
会社をやめる前の、自分のペースって相当早かったんだな。

ペース。マイペース。ユアペース。ソーシャルなぺース。
そして、スペース。マイスペース。パブリックなスペース。


今、スタバのコーヒーを片手に、屋久島と東京を紡ぐ、微妙な気持ちをつづっている。

旅を終えて、自分に何が加えられただろう。
バックミンスター・フラーのいう富は、どれだけ増えたのだろう。

・魂の濃度
・デフォルメする視線
・そこでしか書けない文章


「気づきを与え、気づきを得る」
住職を前に、すんなりと自分の口から出てきた人生の目標に、少し自信を深める。

人間は100%完全ではない。三省氏のいう、「有機的一要素としての宿命」は、
完全やスピードを求めているわけではない。

それでも、そのノスタルジーに魅力を感じつつも、
今この街、車が飛び交い、人がつくった丘で、本を読んでいる。
手付かずではない文明としての営みを、どのように幸せに生きるか。
「もうひとつの文化」の大合理主義に身を投じた、
LOHASかつクリエイティブな社会のために、今一度始点を確認する。

レンタカーの給油は計3回=約8000円。
それだけの排気ガスを撒き散らして、僕は自然を悦んだのだ。

濃度。



仕事とは、「仕える事」だ。「社会に、人類の善と平和と喜びに仕える」ことだ。
三省さんのこの教えは、深く心に染み入る。
縄文杉を見ずとも、縄文杉を感じるように。


美学の本を読んだ。
ちょうど複製と体験の章だった。
屋久島のガイドブック、realwaveのサイト、Final DropのCD、さまざまな虚像を描いた。
憧れの場所を形容することは、難しいと感じていた。

そして、「そこでしか書けない文章」の存在を知った。
この必然は、僕の好奇心をさらに刺激する。
体験すべきことは、個々にとって、ある。
そして、それが、「呼ばれる」という感覚ではないだろうか。
呼ばれたからには行かねばなるまい。
芸術とは、道とは、そのようなものではないだろうか。

そして、すべては「気づく」ことから始まる。

同じ行程、同じ場所で、同じ時、同じ天気はなく、
感情と経験は、感受される方法によって多様に変わる。
気の持ち様とはそのようなものだ。


白谷と禅が重なったのも強烈だった。

見渡す光景に、何人の人が写っている?
それぞれの今、六本木ヒルズは次のステップのどのタイミング?


友達と仕事観について語り合ったとき、すべてが「仕事」だと言った。
今ここに居ることも、「仕事」だと感じている。
それは、仕えることであり、何に仕えているかに自信と信念を持つことだ。
今なら説明できるはずだ。

さ、今東京で、僕のお金を生み出す仕事に取り組む今、
大切な思い出は、見知らぬ誰かとも共有しよう。


屋久島に行って本当によかった。

スケール、桁違い、歴史、文学的体験、光景、チルアウト、光、久々の太陽、台風、
食事、川、風、事故、読書、そして文章。

このノートに、どれだけの思いがこもっている?
記憶のインデックスに、幾重に挟まれた断片。
やがて、鳥肌と寒気を思い出すのだろう。屋久島への畏敬だ。

あ、道林さんにメールしないとな。
フッキにも報告だね。

感謝、すべての出逢いに。
そして、いつか残された宿題を果たしに。



Posted by YOSH at 09:14 PM    Permalink


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9/9 屋久島最終日- 平内海中温泉~春田浜

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そこでしか撮れない写真があるように、
そこでしか書けない文章がある。

それしか言いようのないレトリカルな表現が、
その景色に、唯一リアルな対象としてたどり着ける。

そのとき、旅としての悦びを得る。
日常とはなれた異空間にいる満ちた気持ち、
土産話、刻まれた記憶として、永く名残るものとなる。

そこでしかできない、何か。
自分にとって、いてもたってもいられないほど、
美しいと感じるかけがえのないものに出会ったとき、
そこで何をしたいか、あるいは、何をすべきか、
何を思ったかに、人の個性が自然と表れてくるのではないだろうか。


6:00起床。朝の平内は潮が引いて、温かい温泉が顔を出していた。しばらく隣のおじいちゃんと談笑していると、昨日白谷の川ですれ違ったカップルが、男の子のおじいちゃんと一緒に入浴していた。屋久島は本当に、小さな島だ。接骨院を東京で開きたいという男の子(彼は屋久島に親戚が二十人居るそうだ)と、日本語も流暢なエスパニョーラ。東京の話、ポロンの話、おじいちゃんの戦争の話など、朝のまったりとした時間を共にすごす。東京での再会を約す。

その後、春田浜の物見やぐらでチルアウト。台風16号の影響で立ち入り禁止となった人工海水浴場は、さながら戦に破れた古城の遺跡のよう。そのもの寂しさが、今の気分にちょうどよく、ペイタのパンをほうばり、スムージーを片手に屋久島でのたびを振り返っていると、いつのまにか寝ていた。

コインランドリーを回して、その間にお土産を購入。魚料理にぴったりの粗塩、とびうおの干物、屋久島名物ヤクトロ(とろろ芋)、おまんじゅうを購入。他にも縄文水や、三岳、flowersの木製品など、もりだくさん。これだけ配るとこがあるというのも、幸せなんだろうな。時間が余ったので、5度目の尾の間は、湯船を独占。さ、船の時間が近づいてきた。

Posted by YOSH at 08:42 PM    Permalink


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9/8 屋久島七日目 - 白谷雲水峡、太鼓岩~いなか浜

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朝5時起床、こっそりと帰り仕度。外に出ると、久々に仰ぐ青空が気持ちよい。白谷までのドライブ中に今日の一日の太陽が登ってきた。本当に、すがすがしい朝だ。道路の拡張工事の細い道を抜け、車もまばらな駐車場に到着。



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著名な飛流おとしをわき目に、そそくさとわき目も振らず登ってゆく。足取りも重く、心も落ち着かない。白谷小屋を超え、苔むす森に入るも、こだまを感じる余裕もない。白谷はとても奥深い。禅の修行のように、歩きながら心と体が分離しているのがわかる。煩悩がめぐり、審美観もぶれてくる。帰りを待つ、追われるタスク。それを思い出させる優れたバランス感覚なのか。集中せず、深い記憶もないまま、暗に目標としていた太鼓岳に出る。



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今、白谷雲水峡を登り、もののけの森を抜け、一枚岩の開けた太鼓岩の上で坐している。はるか臨む奥岳の重なるレイヤー、緑のグラデーションが美しい。かすかに轟く、安房川の清流。後聞こえるのは、鳥の鳴き声。強い静寂が漂う山の頂に、30分ほど一人で座る。途中さまざまな面々が急な坂を上り、岩に登り、思い思いの感動の声をあげてゆく。この景色の感動をこの空間で共有していた。欠けた心は、いつのまにか満ちていた。田口ランディ氏の書を読み、デフォルトされた世界の捕らえ方というくだりに、反応していた。この自然は漠然と捉えるだけではもったいないと、すっきりとした気持ちが、体の中に流れる。明日の夜には東京に居る。夢のような、毎日が濃い時間。山尾三省氏の「魂の濃さ」をどこでも見出せるはずだ。佐藤さんからかけていただいた言葉、「人生は、山あり谷あり、濃いほうが楽しいですから。」この屋久で迎え超えた山を、谷を、文学的な縮図に捉えながら、気持ちの張りを切る。



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白谷から車で帰る。白谷行き始発のバスが、台風明けの晴天を祝う登山者をたくさん運んでくる。太鼓岩も今頃さぞかしにぎやかだろう。いろいろな声が聞こえてくる気がする。帰り、疲れながらも必死に川をまたぐ外人と日本人のカップル、川をまたがず岩でまったり座っている女性など、それぞれにとっての山道。

下におり、かぼちゃ屋でハーブの利いたカレーを食す。復刊した『聖老人』を購入する。安房で明日のフェリーとレンタカーの乗り捨ての確認。春田浜によるとこちらに住んで2年と言う、素敵で自然体なカップルに、夕陽の美しい場所を教えてもらう。尾の間のパンや・ペイタで明日の朝食を買い、4度目の尾の間温泉で汗を流す。岩崎ホテルに忍び込んだり、寄り道しながら、平内海中温泉から2分の宿にチェックイン。小潮の今なら一晩中は入れるというが、、潮はやや高い。

と思ったのも束の間、集中が切れたか路肩にタイヤをぶつけてしまう。幸いにもタイヤのパンクだけですんだが、携帯も切れ反省しながら立ち往生。他のレンタカーの方に連絡を取ってもらい、駆けつけてくれたレンタカーのお兄さんの優しい笑みに救われる。猛省。ガソリンスタンドで、手際よくタイヤを替えてもらう。猛省。教えてもらった矢筈の峠は、サルとシカの危機を伝える声を浴びせられ落ち着かず、いなか浜へ赴く。



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沈む、否、消える太陽を見る。かすかに炎が西の空に燃える。水平線から1cmほど上のところで、タイムラインに刻まれたように、アルファは消えてゆく。青とまじり合う赤。瞳で追う赤の残像。赤はグレーの空に溶けた。一瞬ではない営み。そして今日という一日の夜が訪れる。

足にどこからかハエがまとわりついてくすぐったい。今、なぜいなか浜にいるのか。昨日買った田口ランディさんの書の3章、樹の章は太鼓岩の上で高揚しながら、水の章はかぼちゃやでおなかを満たしながら、森の章は今、ここの浜で顧みながら。文学的体験は、確実に刻まれた。

そんな一日が終わった。今日も濃い一日が。場所は屋久島、ただ、それだけのこと。でも、ここだからこそ、いい感触が心に在る。

今18:30。太陽を示していた紅い円はすでに空になく、周りには思い思いに夜をすごす人たち。夕陽を背に、写真を撮って満足して帰路につく人々、「わたしも産卵したい!」と大声で浜に駆け下りる女性、「2004.9.8 屋久島」と砂に書き記した女性。

それぞれの9/8がこうしてすぎてゆく。今日という日は、今日である。これはこれで、それはそれで、僕は僕で、この夜を味わう。



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最後の食事は、麦生の創作イタリアンose。豚肉と野菜のソテーのデキグラスソース、イタリア風チャーハン、どちらも笑みがこぼれる。これは、美味しい!チャキチャキとフォークが進む。居心地のよさを与えてくれた素敵なサービスのおかげで、屋久島最後の晩餐は幸せイッパイ。平内までの帰り道に、暗がるよるにひときわ煌々と輝く麦生市民球場(仮称)を発見。そのスポーツは、なんと大の大人によるソフトボール。聞いてみると、町内対抗のリーグ戦が開幕したばかりで、暗い島を照らすまばゆい照明の下に、野次を飛ばす子供から老人まで、島の生活の意外な一面を見る。子供たちの投球モーションも、振りかぶらずに下投げ。試合は見ていて気持ちいい、乱打線。後ろの公民館では、なにやら舞踏の練習。

楽しみの平内は、小潮と言いつつやはり満ちていた。海水でうめられた温泉は、風邪を引きそうだったので長居はせず、満天の星を見上げながら、宿に戻り就寝。

Posted by YOSH at 07:36 PM    Permalink


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9/7 屋久島六日目 - 千尋の滝~大川の滝、屋久島Tシャツで

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9時起床、寝ている間に台風は過ぎていた。まだ、フェリーや飛行機は止まっていて、空港の方では、延泊組みの殺伐とした雰囲気のうわさを耳にする。僕は果たして、スケジュールどおり無事に帰れるのだろうか。テレビを見ると、観測史上最大の風、北海道に上陸の危機などし、アナウンサーが大変、大変を繰り返している。屋久島の当人たちは、思っていたよりは、と安堵。午前中、田口ランディ氏の『いつか森で会う日まで』を買う。写真家・山下大明とのコラボレーションが美しい本だ。その後、山下さんは実はサブローさんと同じバンドを組んでいることを知る。屋久島のある気持ちよい一面が、晴耕雨読に凝縮している。

風もやみ、午後からおまつ、おめぐと合流。勢いで、屋久島グリーンホテルオリジナルの「屋久島 nature kingdom Tシャツ」を6人おそろいで買い、すぐさまお手洗いで着替える。揃いに揃ったわれら屋久島軍団に、熱い視線が浴びせられているのがわかる。

水量の増した千尋の轟く滝は、圧巻のひとこと。その後、大川の滝まで足を伸ばす。一人旅できたはずなのに、この旅で初の団体行動が純粋に楽しい。仲間の情報で、flowersという屋久島の木々をかわいいプロダクトに加工する工房でさまざま、ささやかで大切でお土産を買う。



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その後、混雑の尾の間温泉につかり、久々に晴れ間が見えたので、片方の道の果て、永田のいなか浜へ夕焼けのチルアウト。台風の去った空に、紅い色が映える。



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最後の晴耕雨読の夜、おとついまで泊まっていたイシザワさんも晴耕雨読へ。台風の影響で島内に野菜はほとんどなく、今日の献立は、カレーうどんとスパゲッティ。三岳を片手に、指のゲーム、折り紙、軽い話、深い話、出会ったばかりなのに、クラスメートと修学旅行に来たような、やさしく楽しい時を過ごす。みんなで屋久Tで記念写真。

宿での呼び名は、「秋田美人」で、「妄想」するキャラだった。動きが多く、挙動不審とはよく言われるが、すべての想いが妄想にすぎないと言われてる気がして、最初は実はむかついていた。それでも妄想ってクリエイティブだよね、とか、こうやって夢を語れる自分って幸せだなぁ、と日につれて思えてくる。なんだろう、ひとつ強くなったと言うか。。確かに名残惜しさや寂しさを感じ、出逢いの感謝の意を雑記に記す。山尾三省氏の『聖老人』の初版を大切に読みながら、そのまま最後の就寝。

Posted by YOSH at 07:12 PM    Permalink


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9/6 屋久島五日目 - 芙蓉寺~晴耕雨読

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朝8時起床。台風も近づき山の予定はすべて延期。芙蓉寺にお金とおみやげの三岳を届けようと、白川に強い憧れを持つヒトミさんを連れ、強風の中再び芙蓉寺へ。やや水量の増した「渡来」へはスリリングな川渡り。道林さんにお土産を渡し、薪で湯を沸かしてコーヒーを頂く。僕もそうだが、屋久島への思い入れは人それぞれなれど、大きなターニングポイントで屋久島に呼ばれる人が多いようだ。そんな多感な頃合に、三人でも禅問答。ヒトミさんは涙を流していた。よく考えると、えらそうなことを言っている自分は、どんな器だというのか、もう一度考え直し、反省する。まだまだ、修行が足りない。

ビショヌレで一路宮之浦へ、港は荒らぶる強風。サブローさんも我が家に台風対策を講じている。午後には町中のお店が閉まりだす。ぎりぎりでカップラーメンとフライドチキンのジャンクフードを買い、晴耕雨読で雨のなか読書。『笑太郎と踊り念仏』という絵本の挿絵に見入る。サブローさんに聞くと、山尾三省氏の亡くなった奥さまが書いた絵本という。さらに奥さまの写真は、サブローさんのバンドのライブで、幸せそうにはだしで踊る姿なのだった。縁のある絵本のメッセージは、「念仏は踊って、体で楽しんでこそ、幸せになる」と言う。メタモルフォーゼの感覚がまだ残る肉体に、踊りの神髄が同期して感慨深い。

お昼寝をしてると、誰かが僕の部屋をたたいている。恐る恐る戸を開けると、前日まで泊まっていたおめぐとおまつコンビそこに。今日泊まる宿が虫が出たり、あまりにも不衛生で、居てもたっても居られず、ヒッチハイクで晴耕雨読に戻ってきたという。テンションの高さに、本気度が伺える。話を聞き、今日は我慢し、明日は晴耕雨読においでとまとまり、安房までトッポで送ってゆく。その宿は、無駄にデコラティブな部屋で、通りからの風が直撃する、台風の夜には心細い部屋。電線からは火花が飛び散り、これは心配だ。。二人はそれでもヒッチ体験が出来てよかったと、はしゃいでいた。なんとも気持ちいい。

少しお昼寝をして、今日は夕食の準備。僕は「米なすと島豆腐の精進味噌煮込み」を。つまりは住職の精進料理を、なすに見よう見まねでアレンジしたもの。大きな米ナスと豆腐を大雑把に切り分け、味噌のみで味を調える。なすや豆腐から出る水分が飛んだら、程よく味のしみこんだ精進料理が完成です。なかなか好評。この日は、さいころステーキと手をこめた焼きおにぎり、コンソメスープ。「三岳」に筆を入れて、名作「五岳」「年岳」を作ったり、子供のように遊ぶ。夜はお酒を飲みすぎて就寝。

Posted by YOSH at 06:41 PM    Permalink


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9/5 屋久島四日目 - 花之江河~大川の滝~晴耕雨読

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今朝は4:30起床、ヨガや座禅をゆったりとして気づけば6:00。淀川小屋を発つ頃には、天気は雨。山上には風がうねっているも、登山道の木々に守られ登るのは苦にならない。整えられた山道をテンポよく登ること1時間半、急に風が強くなり、視界が開ける。そこが小花之江河と呼ばれる、小さな湿原だ。日本庭園のような、というガイドブックの形容も確かにわかるが、小花之江河のような日本庭園を、逆にわれわれは近所に求めたのではないだろうか。強風雨から身を守る木々がなく、霧と風の白と緑の薄暗い景色の中では、人間はとてもはかない存在に思える。いても発ってもいられず、座して足を組む。

そこから10分ほど進むと、こんな高地に出現した湿原、花之江河である。誰もいない。足場の先に、小さな鳥居が設けられている。それを拝み、風と雨と霧の光景を全身で仰ぐ。あの霧の先に、何があるのだろうか、霊的な気持ちに押されて、またも坐す。何が見えるともなく、自然に歌を歌いだす。そして、食欲のままに、朝食をとり、昨日に続いて放心する。後々、宍戸さんにいろんな話を聞いたが、僕にとっても縁の土地となりそうだ。

天候が悪いので、引き返す。小屋で宮之浦岳に登った人の話を聞くと、山頂は風で立つことすら出来ないほどの強風が吹き荒れているらしい。すれ違った方々の無事を祈る。宿がなく、山小屋に泊まっているという若者としばし談笑し、登山口から高揚としたまま下の世界へ。途中でヤクザルがボンネットに乗り、どうすればいいのかわからず、立ち往生。近くにいてくれた車のフォローのおかげで何とか切り抜ける。サルも野生から、共生へと生き延びているようだ。



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いつもの尾の間温泉で体を清め、お金をおろし、食料を調達。ガソリンが心細いが、赤いランプが点滅してから15キロは走れるという白神での話を思い出し、大川の滝を目指す。台風で島を周回する県道のうち、西部林道が倒木で通れないので、大川が道の果てだ。森から水が飛びあふれるように、大川の滝が見えてくる。近くに車を止め、滝つぼへ駆け寄り、またしても腰を抜かすほどの圧倒的巨大のスケールに立ち尽くす。阿呆みたいに大量な水が流れ落ちる。轟音と細かく砕かれた滴が辺りを包む。滝つぼに近づくと「濡れていること」が当然の感覚になっている。少しビーチに下り、昼飯に先ほど買った筍と蛤のまぜご飯を食べる。台風が近づき潮の高い海をみながら、海の幸と山の幸を頂く。


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そのまま安房まで戻り、ガソリンを満タンに。宮之浦のコインランドリーで、たまりにたまった洗濯物を回す。その間に嵐の前の宮之浦を車でまわる。日曜日で人気も少なく、台風18号の不気味な影を曇り空に重ねる。



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今日の夜は晴耕雨読。偶然にもFinal DropのCDにも写真が載っていた。首にかかったタオルと髭がチャーミングな店主のサブローさんと挨拶をし、部屋でくつろぐ。この宿では、みんなでご飯を作るようで、台風の前の正直に不安な気持ちを癒そうと、いい匂いの漂うキッチンへ。食卓には豚の角煮、チーズオムレツ、八宝菜、味噌汁とご飯で、今日の夕食代は一人200円!うっわ。

みんなで買った三岳を呑み交わす。古い橋に散歩をし、山おろしは吹かず海からの強い風に鼓動が早まる。台風がいよいよ近づいている。すでに今日からフェリーや飛行機に決行が目立ちだす。島には延泊組がたくさんいるようだ。それでもみな、せっかくだからとこの島を楽しむ。

始めましての旅人たちは皆、屋久島に、そしてこの宿晴耕雨読に、特別な思い入れがあり、何度も足を運んでいる人のようだ。まったく知らなかったが、白川はみんなの憧れの地らしい。山尾三省さんという詩人をこのとき初めて知る。山と渓谷社の屋久島ガイドには、「逆光のほうがええ。」と言っていた道林住職の、立派な笑顔も写っていた。その本の表紙に載っていたエコツアーガイドワッシーも晴耕雨読に呑みにきた。サブローさんも宮之浦川への思いを綴っている。名前に惹かれた晴耕雨読という宿は、思っていた以上に自分にとって重要な宿となった。台風への不安もいつのまにか、消えていた。幸せな気分で、就寝。

Posted by YOSH at 05:13 PM    Permalink


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9/4 屋久島三日目 - 芙蓉寺~淀川小屋

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朝4:00起床。裏手にたまった雨水で、かおを洗う。気持ちを切り替え、体を振り子のように揺らしながら、朝の座禅が始まる。朝の二回目には、足のしびれがピークに達し、見事なまでに肩をたたかれる。その後、座禅のままお経を読み上げ、禅堂をさながら一休さんのように拭き掃除をする。小一時間ほどで掃除を了し、母屋に戻ると住職お手製のおかゆと、庭で採れたヘチマの料理が用意されていた。「もぎたてヘチマと島豆腐の精進味噌煮込み」とでも名づけられそうな、とても家庭的で深い味わい。精進料理とは、単に質素な食事ではなく、精進こめて作った料理ならすべて、精進料理なのだ。

その後、こんな山奥でも通じるインターネット。住職にとって、インターネットは、禅に何を求めているか、世の時勢を掴むための大切なツールなのだ。ITの、すばらしい効用だ。お釣りがないということで、また再来することに。そのときは焼酎「三岳」を持ってくる。

昨晩こんなぶしつけであいまいな質問を投げかけた。「住職にとって禅とは何?」住職はためらうこともなく、「座禅をしていたら、そのまま死んでもいいのう」と答えた。禅は、僕にとって我慢だった。それは、まさしく「修行が足りない」修行そのものだ。屋久島にくるや、この禅的体験ができたことに感謝。

山寺を後にし、裸で遊べるという白川界隈を散策、晴れていたらまた来たい場所だ。この辺りのポストは、一軒一軒手作り。バラエティ豊かで、とても味がある。山尾三省さんが拓いたこの地区の趣きは、屋久島の新しさと深さに呼応している。その後、旅中5日も通うこととなる尾の間温泉に入浴。住民の手による、素朴ですごしやすい温泉。



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風が強い朝、住職にも今日の天気だと山は厳しいぞと突っ込まれるも、麓は気候がよいので、車で行ける登山口まで下見を志す。遠くに望む奥岳は、どうみても霧で霞んでいる。安房からヤクスギランドまで、最初は気持ちよい広々とした道だが、霧で見通しが悪くなる標高1000mを超えた山道はすれ違うのもやっとなくらいに細まる。ふと、広場に出て右手を見ると、不思議な柱の影が目に入ってくる。これが、樹齢3000年といわれる紀元杉だ。散策路に下り、初めて見たヤクスギの姿に、言葉を失い、腰を抜かす。でかい、何だ?これは。木?圧倒的な存在感にため息が出て、そのまま放心していた。

幹をなでる。別れづらくも、別れを告げ、淀川登山口へ。

山のコンディションは、以前の白神と比べれば、そんな悪くない。屋久島初の登山、憧れの山小屋で飲むための缶コーヒーやパンをバックパックに詰め、気合を入れていざ!40分ほどの軽い行程で世界遺産登録地域に入る。そこからさらに5分ほどで、淀川小屋に到着。荷物を持ったまま、霧がかり、風に雫が舞う淀川のせせらぎを見に行く。もはや悪天候でこれ以上上るのは住職の言い伝えどおり辞めて、川辺の岩の上で横たわってチルアウト。そのまま読みかけの『美学への招待』を読むことに。ちょうど「複製の感性的体験」という章にさしかかり、なるほど友達が「魂の・命の・最も美しい流れ」と形容したやさしい緑色に染まった流れの光景に、憧れの観念と直接体験がシンクロして悦にはいる。

屋久島は何もかも桁が違う。ヤクスギの巨木や一枚の巨岩は、歴史がそのまま大きな形となる。一方、ヤクシマと名のつく植物や、ヤクザル、ヤクシカは、厳しい自然を生き抜くために小ぶりになっていった。大にも小にも、歴史がデフォルメされた世界が広がっている。

暗くなり、小屋の中二階でパンとコーヒーを軽く食べ、早めに就寝。

Posted by YOSH at 12:45 PM    Permalink


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9/3 屋久島二日目 - 芙蓉寺参禅

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朝7:00起床、日記を書き終え、この旅の相棒となるレンタカー、三菱のTOPPOにエンジンをかける。相性抜群、安房から宮之浦、一湊まで、島を周回する国道を走る。気になったら脇道にそれて、一人旅の気ままなドライブ。脇道のその先に、思いを馳せてワクワクする。途中小雨が降るも、屋久島の雨は、何だか暖かく柔らかい。コンビニで、明日の登山に必要な水や食料を購入。

今日は友達が以前修行した禅寺、芙蓉寺へ参禅する予定。そのお寺がある白川に下見に行こうと、プリントアウトした行き方を頼りに、林道に迷い込む。不安になるくらいの山奥に、「渡来」と書かれた、その寺への入り口があった。近くで小さな工事が行われていたが、川の流れはとても清らかだ。




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有名なかぼちゃ屋で屋久島ラーメンを食べながら、港の近くの環境センターでコピーしてもらった資料を見る。奥岳と呼ばれる、島の中央にそびえる1800m級の山々と、地元の信仰についての記述が興味深い。また、環境センターには「屋久島自然情報」と銘うったホワイトボードがあり、それぞれが持ち寄った生の情報をマッピングしてゆくという、インタラクティブな地図まであった。




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宮之浦港は、台風16号の影響で、一階の壁が吹き飛ばされて、木で補修していた。係の人曰く、「こんなすごかったのは、生まれて初よ!」とのこと。今は天も晴れているが、これが嵐の後の静けさだと思うと、気まぐれな自然への脅威を感じる。島の到るところに、大きな爪あとが残っている。




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下見した一湊から再び細い道を登り、白川の美しい白川地区に入る。たまにすれ違う車の人に、「この道は屋久島で一番危険な道だから、気をつけな」と声をかけられる。後に知ったことだが、白川地区は島で唯一の、山あいの集落である。川をまたぎ、さらに獣道をあがったところにある芙蓉寺は、人が住む一番高い場所なのだ。子一時間ほど、屋久島らしからぬ晴れ間の下、誰もいない白川の渓流でまったりする。一人が十分寝られる岩が、ちょうどよく川の真ん中にあり、上半身裸で屋久島初のチルアウト。天気雨もやさしく降りそそぎ、屋久島の神髄に多少触れた気がする。この島は、深い。




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住職の名は道林さん。寺の名は、屋久島に咲く花と、経典の芙蓉道楷大和尚から。住職が15年かけて完成させた木造の趣きある母屋で、まずは本日の晩ご飯、ひやむぎを作る。ゆで汁を沸かすため、薪をナタで割り、薪ストーブに枯れ木を並べて火を起こす。つけ汁は、しいたけだしの利いた住職のお手製。食事の間の住職との禅問答に、どんどん意識が広がってゆくのがわかる。いよいよ座禅の時が近づき、にわかに緊張していた。

6時。さらに奥まったところに、立派な禅道場がそびえる。母屋のカオス的雰囲気のよさとは対極にある、洗練された禅的空間にしびれる。木のいい香りが残っている。

本格的な参禅は初めてなので、さまざまな作法を習いながら、いざ座禅。今日は約45分坐し、15分歩くのを三回繰り返す。一回目では呼吸を整え、2回目で姿勢を正す。3回目ですでにやや集中が途切れる。今日の座禅はこれにて終了。まだまだ修行が足りないことに、ややへこむ。おきて一畳、寝て半畳。坐した畳の上で今日はおやすみなさい。

Posted by YOSH at 02:06 AM    Permalink


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9/2 屋久島初日 - 移動日

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徹夜で朝を迎える。コンテンツに作業表と、外ブレ登録用紙を提出。家に戻り、Merryの修正を上げ、blogに屋久島への憧れをエントリーするも、BeGoodのトップのデザインが間に合わず。長い夜は荷造りでさらに更けこむ。

飛行機で、初の九州上陸、天気は曇り。初めて目にする九州の山々、森の色はちょっと彩度が高めで、東北とは違った雰囲気を感じる。歴史的な台風16号の影響で、昨日までフェリーは動かなかったらしく、再開初日の今日、フェリー乗り場はとても混雑していて、種子島経由のその船はすでに満席だ。時間が開いたので、まったく予約していなかった宿を段どる。9/2は花皐月、9/3は芙蓉寺に参禅、9/4は縄文杉近くの新高塚小屋泊、9/5~7まで名前に惹かれた晴耕雨読、9/8は平内海中温泉を旅のハイライトにすべく近くのバンガローという宿を抑える。それっぽい計画はたてたわけだが、果たして。

フェリーにて。右手に、夕陽が差し込む。はるか水面に、陽と雲がさまざまな紋様をつくりだす。

夜は民宿『彩海』に一泊、夕食は『花皐月』の飲み屋で。相部屋の方は京都から、急に休みが取れ、ならばと思い立って、とりあえず屋久島へきたそうだ。一緒に呑んだもう二人は、青春18キップで鹿児島まで来たという、名古屋の美大生。そんなツワモノたちと飲み交わしながら、徹夜の疲れもあって、屋久島一日目の夜は早めに就寝。

Posted by YOSH at 01:19 AM    Permalink


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September 02, 2004

Final Drop - 屋久島

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屋久島の音と映像をまとめた、DJ KeNsEi、Kaoru Inoue、明鏡止水らFinall Dropクルーによる『elements』。そこに納められた歴史を語るスギの造形、苔の蒸す森々、巨大な滝の壮大なパースペクティブ、開いた空。雨と海と滝と、雫が満ちる屋久島に、いつからか本能的に惹かれていた。

そして偶然、白神に共に上った友人から、屋久島での3週間ほどの滞在の話を聞いた。雨に濡れた朝霧のWPPDの帰りに、ほうとうやで語った「水」への憧れが、この旅を決定付ける。転職前のこの多感な心持ちのうちに、行くべきところは屋久島しかないと感じた。まるで屋久島に呼ばれている気さえもした。

9/2~9/9まで、東京から屋久島へ。今、台風が近づいている。富士に登るときも、はやる気持ちを察してか、いつも台風を呼び込んでしまう。それは単なる偶然とはいえど、今回の台風もこの島の厳しい自然の光景として、風を雨を、五感で体感できるだろう。また、一人旅も初めての経験。どんなことがおころうとも、この旅から得られそうことは、きっと大きい。

Posted by YOSH at 03:55 AM    Permalink


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August 18, 2004

白神山地と北東北の旅

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8/15、16と世界遺産白神山地へ計画。青森大学で自然について学ぶ親友の車で、7号線から能代で101号線へ左折。101号線は青春18キッパーにはおなじみの五能線と併走するドライブの気持ちいい海岸線を通る道。その途中に白神岳登山口がある。ローカルな五能線の駅はほとんど無人駅だ。白神の前に大小33の湖が絶好の散策スポットである十二湖へ。そこで早くも大人のブナを発見。




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十二湖を代表する「青池」は光の差こみ加減で、とても艶やかに色を変える幻想的な空間。透明な水面に川魚が泳ぐ。いまだ科学的に解明されていないという湖は、いつまでもその変化に見入ってしまう魅力がある。その後登山口まで車で登り、いざ、準備オッケー!



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白神が世界遺産たる所以は、世界最大規模の天然のブナの原生林がひろがっていること。ブナとは漢字で木偏に無い「?」と書く。杉などと比べ木材としての価値が無いためだそうだ。人間の生活の視点で見た漢字の成り立ちが興味深い。ブナのテクスチャーは、印象派の絵画のように淡く繊細で、時に大胆で、近づいても、遠めで眺めても、とても美しい。この日は途中から大雨。健脚者向けの二股コースを登ってみたが、本当にタフな道のり。川をロープでまたぎ、沢を駆け抜け、急勾配の坂を山頂までひたすら気力で上る。何度「ファイト〜、一発!」と叫んだだろう。。何とか5時間掛けて頂に着いたときは、死ぬほどうれしかった。



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白神岳山頂の山小屋は、3階建てでとてもよくできている。トイレも上出来で、トトロの道のような穴めいた道を下る水場も近い。1階にいた方にバーナーを借り、インスタントコーヒーで乾杯。下では味わえない上質なおいしさ。カリン酒をちびっと呑みながら、疲れからか寝袋で朝まで爆睡。朝5時半起床し、友達とヨガでまったりな朝を迎える。リフレッシュして、いざ下山!帰りは比較的楽なマテ山コース。霧で核心地域は見えなくとも、森林限界から見えた雄大な北東北の景勝に、思わず息を飲み、笑みがこぼれた。



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二股コースは沢が見所だが、マテ山コースはまさにブナの原生林の中を歩く。ところどころに幾重の歴史を感じさせる、奇異な木々や巨木が茂っている。ブナの白みがかかった肌触りが優しく森を包んでいる。風が吹くと楓が揺らめく。人気の無い登山道で横に寝そべってみた。そんなことをしながら下山はあっという間、一路青森市を目指す。



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途中五所川原の『ラーメン街道』で和歌山ラーメンを。喜多方ラーメンが物凄い行列!青森市で父の職場を訪ね、友達の家と青森大学を巡り、200キロ先の秋田へ再び戻る。帰りは僕も緊張気味に運転する。左に津軽富士とも言われる岩木山が美しい。鯵ヶ沢を越えると、101号線は再び海沿いに。夕方に差し掛かり、車は夕陽に向かって走る。



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ドライブは快調、夕陽が沈み空が赤くなったころに、大岩に到着。海を渡り、波が削った黒光る岩を一段ずつ登る。岩上から望む日本海に、しばし時を忘れる。その後、温泉を浴び、愛ちゃん初勝利のニュースを見届け、夜の秋田へ車を飛ばす。街頭も無く、どっぷりと沈んだ夜空を見上げると、天の川が見える。岩崎村は日本で一番星が美しいと言われる。路肩に駐車し、ボンネットに横たわりながら、満天の星で極上のチルアウト。車もまばらで、聞こえるのは波の音だけ。友達は流れ星まで見たようだ。

その後は秋田までは高揚とした気分で、語り合う。この多感な友達にして、この僕あり。お互いの知ってること、体験したことが、複雑にでもまっすぐに昇華する。WPPDのときのドライブもそうだったけど、会話しながら問答し、新しい気付きがどんどん生まれてくるこの対話は、何よりも活力になる。

北東北は、知ってるようで何も知らなかった。
そこにはいやらしくない、洗練された自然の美がそのままあった。
感動って結構純粋なもので、僕は北東北に感動し、
ここが自分のルーツであることを誇りに感じた、そんな旅だった。

フッキー、本当にありがとう!

Posted by YOSH at 03:29 AM    Permalink


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August 14, 2004

市民運動で守られたブナ天然林 - 白神山地

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ふるさと秋田から車で3時間ほど、青森県との県境に広大に広がるのが、1993年に世界遺産に登録された白神山地。地理的に伐採が困難なところにあったため手が加えられることも少なく、ブナの天然林がほぼ原生のまま残り、自然の生態系が保たれているという。

秋田の帰省中にどうせならと思い立ち、青森で自然教育について学ぶ高校の頃からの親友と白神岳に登る予定を組んだ。海抜0mから1000m級の山々、名勝を誇る滝や湖をめぐる一泊二日。登山者のモラルが問われる入山問題やさまざまな利害が交錯する自治体の管理問題など、天然林をめぐる対話は引き続き継続しているようだ。住民ではない観光客としての興味と、秋田県民としての地域の資産への畏敬の念をパラレルに感じながら、いろいろな気付きを得られたらと思う。

Posted by YOSH at 03:16 PM    Permalink


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July 28, 2004

美術的な出来事が起こる場所 - ベネッセアートサイト直島

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なべゆきさん、須田さんが今週末足を運ぶというベネッセアートサイト直島(なおしま)。安藤忠雄による直島コンテンポラリーアートミュージアムを拠点とした10年来の活動を再編し、豊富な自然と固有の文化を持つ直島全体でのアート活動「ベネッセアートサイト直島」として今月からリスタート。

その心くすぐるスローガンが「美術的な出来事が起こる場所」。美術的な出来事と言う聞きなれないレトリックにもうときめく。それは、体験を通じた美的な感性をくすぐるハプニングが起こる場所なのだろうか。これは、行ってみたい。

Posted by YOSH at 02:38 PM    Permalink


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July 21, 2004

世界遺産 - 紀伊山地の霊場と参詣道

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今月はじめに、高野山、吉野、熊野に代表される紀伊半島の山岳の霊場が、「紀伊山地の霊場と参詣道」として世界遺産に登録された。神々しく壮麗な風景が、豊かな感受性を育む。10月からの『空海と高野山展 弘法大師入唐1200年記念』を紅葉の高野山で見に行く予定ですが、この自然の普遍性を享受できたらいいな。

紀伊山地の聖地と巡礼路網
Sacred Sites and Pilgrimage Routes in the Kii Mountain Range

密林の広がる紀伊山地には3箇所の聖地(吉野・大峯、熊野三山、高野山)があり、それぞれ巡礼路で結ばれている。これらは神道と仏教の融合を反映し、また、これらの宗教遺跡と森林景観は、ともに1200年以上にわたって脈々と受け継がれてきた聖山の伝統を示すものでもある。

Posted by YOSH at 11:34 PM    Permalink


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