強烈なイメージを持っている人だと思う。心の中にある、彼にしか見えない空間を生み出すために、努力を決して惜しまない人だ。
「客も料理も何もかも、自分の作品なんです」初めて出会ったときのそんな一言にひどく納得したことを覚えている。なぜなら空間の隅々まで、お皿のハーブの傾き加減まで、徹底的に彼の「作品」であることに驚嘆したからだ。
「青い鳥のレストラン」ができるまで
東京・恵比寿にかつて存在した伝説の食堂。そこを一から作り上げた店長として日々働きながら、心にはいつも疑問があったという。彼には作りたいレストランの確固たる理想があった。そこはプライベートであり、オープンでもあり、訪れる人と彼の間には、顧客と売り手という関係を超えた人間同士の生っぽい関係があるべきだ。それは大きな飲食企業の社員としてでは、どうしても実現しにくいものだった。大きな矛盾に苦しんだ挙句、彼は会社を去ることになる。ほどなくして、象徴的な事件が起こる。後から来た会社の人間が新店長になりかわったその食堂で、彼の残した足跡は火事で消えてしまった。「何を残せたんだろうか」彼はぽつりとそういった。
オーナーの佐藤由郎さん彼を動かすイメージは、幼い頃の「記憶」だという。陶芸家と画家の両親に連れてこられた、ヒッピーぽいレストランに居るときの、畏怖と違和感と興奮が入り混じったような、ドキドキした気持ち。あんな気持ちを再現したい、そんな気持ちになれる場所を。そう思って空間を作っている。だからお客さんが子供を連れてくると、はっとするという。この場所があの子にとって、そんな記憶になるのかもしれない、と。
他者が介在することで常に完成するデザイン。自己完結し得ないその形式は、常に矛盾があり、未完である。そしてレストランは「客」という他者の存在なくしては成り立たない。「食」という人間にとってももっとも生理的で親密な行為を含むデザインの難しさは、想像に難くない。由郎さんは毎日、客の体調、気分、雰囲気に注意して目を配る。(「それは、僕の師匠が寿司屋の板前だったから」)だから由郎さんの作品である「青い鳥のレストラン」は、毎日違った顔を見せる。
幻想的な光の使い方が美しい店内「特別な夜に」「くつろげる空間を」そんな聞きなれた飲食店の常套句を、彼は決して口にしない。それどころか自分の料理は、「『青い鳥』でチルチルとミチルが、隣の家のご飯を見ておいしそうだなあと思いながらいつも粗末なご飯を食べていた、その『粗末なご飯』のほう」と言う。もちろんクオリティの話ではない。(断っておくが、彼の料理は素晴らしい)そうではなく、「食事」というものに象徴される「人生」や「幸福」というもの。そんなことについて彼は言いたいのだ。
自分を動かす「記憶」
「自分の記憶を空間として残したい」そう彼は言う。誰しもみな、自分の記憶を作ろうと毎日を生きている。そして彼もまた「必死になって自分の記憶を作っている」。他者の記憶に残る空間を作る、という目的は一理あれど、「僕はそれ以上に来てくれた人の『記憶作り』を逆に教えて頂きたいんです」と説明してくれた。
時間を忘れるような空間。窓からは市街の夜景が。
蛇足ながら前出の恵比寿の店は、今もたくさんの人の心に残り、かつてそこを愛した人たちは今も緩やかにつながっている。記憶のつながりは静かに確実に残っているのだ。

